1954年宮城県生れ。漫画家、アニメ映画監督。1973年に短編『銃声』でデビューし、70年代末から青春系やSF系、長編では『さよならにっぽん』『気分はもう戦争』(三島賞の矢作俊彦原作)などで地歩を固める。83年アニメ映画『幻魔大戦』(石ノ森章太郎、平井和正原作)のキャラデザインを担当。同年、本作で第10回日本漫画家協会賞、第4回日本SF大賞、第15回星雲賞を受賞。83年から90年まで発表された長編『AKIRA』は、後に自身が原作脚本監督を務めたアニメ映画と共に代表作となった。
海外や芸術分野から参照されることも多い。現在、秋葉原で原画展が開かれている。週刊少年サンデーで時代の新連載を始めるらしい。
画像左は近影(『ブルータス』より)。ちなみに画像右は、吾妻ひでおの『ななこSOS』に描かれた「Dr. Oトモ」(初出1982)。
とある大型団地で、住人の不審死が相次いでいた。本格的な操作に乗り出した警察の関係者からも、犠牲者が出る。一連の事件の黒幕は、チョウさんと呼ばれる一人暮らしの老人だった。彼は超能力を使って人を操り、死に至らしめてはその持ちものを一つずつ蒐集していた。団地に新しく引っ越してきた一家の一人娘、悦子は、チョウさんが超能力者であることを直感で見抜く。あせったチョウさんは以降、プラモおたくの浪人生や、無職の酒乱男を操って悦子の殺害を試みるが、失敗。悦子とチョウさんは、団地を巻き込んでの戦いを繰り広げる。これはドロー?に終わったが、二週間後、団地敷地内の公園において、二人は不可視の次元での超能力戦を行う。折しも警察は真相の鍵をチョウさんに求める方針を打ち出していたが、悦子との死闘の末、敗北したチョウさんは息絶えた。
大友は、映画漬けの高校生活を過ごしたという映画マニアであり(1)、雑誌『エクスフィア』(1991年5月号)のインタビューによると、漫画を描くにあたって「映画の技術書やらエイゼンシュテインのモンタージュ理論やらを読み漁ったりもし」(2)たという。初期の手塚治虫以来、日本の漫画と映画的手法との関わり自体は長い歴史を持つものだが(3)、大友の個人史における映画との意識的な関わりについては、特に言及する必要があるだろう。
手法の妙については細かい点も独立に挙げられるが、事前に三浦君と話した際、彼から指摘があったこととして、「悦子とチョウさんが同じコマに描かれている回数が少ない」というのがあった。物語中盤の夜の場面においては、二人はサシで戦っているので、同じコマに写った回数は約十回と多めだが、夜以前の場面においては、出合いの一回、ラストのラウンド2では0回である。肉弾戦ではない上に、格闘ゲームのように両者を映しっぱなしというわけにもいかない事情もあろうが、ラストでの対面が0回というのは興味深いことで、p.217の俯瞰図に明らかなように、両者は実は対面していない。それにも関わらず、悦子の正面写し、続いてチョウさんの正面写しが示されることによって、対面しているかのような印象が表されている。etc.
また三浦君からは、『童夢』は、見えない超能力が描かれている漫画として最後の部類に属しているのではないか、という指摘もあった。たしかに1980年台以降の『ドラゴンボール』(1984~95)や『ジョジョの奇妙な冒険』(1987~)における超能力描写は電撃などで表されているが、片や一般向け、片や少年向けというカテゴリーの問題もあるので、系譜にまつわる言及は避けたい(4)。ただこの指摘について私が思うに、『童夢』において、超能力は見えないものであるほうが大友流の映画的な描き方に合致していたのではないか。たとえば、人間の体の動きを直線や曲線で表す手法がほとんど使われていない。現実にありえないことをリアルに描くというコンセプトの下では、ひっきょう超能力は不可視のものとする方が便宜にかなっている。だからこそ、チョウさんが壁にめり込むシーン(5)などが成立しえたのではないだろうか。よって、『童夢』においての超能力が不可視のものであるのは、時代的な理由よりも戦略的な理由に基づいていると私は思う。
これもまた三浦君からの指摘で、大友の作品には特異な立場の人が多いというものがあった。これはその通りで、『童夢』だけでも、身寄りのいない老人、酒乱で無職の父とその息子、浪人生、宗教学者や霊媒師などが登場する上、劇画的な泥臭さが強い初期(1970年代)の作品には、私の知っているだけでも、下宿住まいの不潔な大学生、不良高校生、浮浪者、ませた子供、単身米国に渡った自称武道家が描かれている(6)。また、『童夢』における子供・老人・超能力の三本柱は、二年後に発表されることになる『AKIRA』に受け継がれているテーマだ。
「東京の高島平を思わせる高層住宅群(7)を超能力者たちがまるでジャングル・ジムで遊びまわるようにして破壊しつくしていく惨劇」との評がある(川本 1989, p.257)が、まさにジャングルジム遊びのような超能力戦を描くにあたっては、団地という均質かつ閉鎖的な空間(8)こそが、『AKIRA』で描かれたようなあまりに巨大な都市空間よりも適当だったということだろう。