海老エイリアン達の刑罰は時間の摩擦を減らすことで対象を時間のなかで後ろに取り残すというものだった。この刑罰を受けたミッチェルと妻マギーが混乱する様を描いた、ティプトリーの修業時代の作品。
こんなことを言うのも釈迦に説教だろうが、ティプトリーに関する衝撃的な話が二つある。実は女性だったというのが一つ。そしてもう一つは彼女の死である。老人性痴呆症が悪化して寝たきりになった夫を射殺し、自らの頭を打ち抜いてティプトリーはこの世を去る。要するに心中である。
このティプトリー自身の行動と、ミッチェルを追って時間との摩擦を減らす処置をしてもらったマギーを見ているとどうも重なっているような気がする。勿論、ティプトリーの何を知っているんだ、と言われたらぐぅの音も出ない。うぐぅの音も出ない(友よ、それほど上手いことは言えてないぞ)。ただ、彼女の経歴を見るに、40年連れ添った夫と心中するほどの愛情と、愛する夫ミッチェルのために時間のなかで二人一緒に後ろに取り残される選択をするほどのマギーの愛情を見ていると、「もし自分がマギーだったら」という心情で書いていたのではないだろうかと思った。少なくともティプトリーがマギーの立場だったら同じ行動をとるのではなかろうか。
自分が勉強していることに関わるSFが案外面白いとアンソロジーをやって気づいたので刑罰に関するSFを少し調べてみた。
その前に、少しだけ刑罰に関する講義にお付き合い願いたい。法学者「思うに、刑罰を科することができるのはなぜかという問題については、次のような三つの考え方がある。第一は、応報刑主義であって、刑罰は、犯罪に対する応報として課せられるという考え方である。犯罪という害悪に対しては、その当然の報いとして、害悪または苦痛を内容とする刑罰を科するべきであるとするのである。刑罰は犯罪に相応するものであらねばならず、均衡を失する刑罰を科することは刑罰の役割に反し許されない。第二に、一般予防主義という考え方がある。刑罰は、これを科することにより社会の一般人を威嚇し、将来における犯罪を予防するためにあるのだと解する。第三は、特別予防主義である。刑罰は、これを科することによって犯人自身が将来再び犯罪に陥ることを予防するためにある。一般社会から隔離し、刑罰という苦痛を与えつつ、犯人を改善・教育し、社会復帰させるのである。(中略)一方、応報刑主義と一般・特別予防主義は両立しえないものではない。応報系の基礎のもとに、同時に一般予防・特別予防の配慮を行うことは十分可能である。ただ、その場合であっても、刑罰は本来的に応報であるから、犯罪との均衡を失することは許されず、犯罪に相応する刑罰の範囲内で一般予防的・特別予防的配慮を行うものであると解すべきところ……」
伊東先生「そうでしたか。お疲れ様です」
本日南別館にて
要するに、応報刑主義(当然の報いだ!)と一般予防主義(一般人への威嚇)、特別予防主義(隔離/苦痛/更生により犯人の再犯を防ぐ)を折衷したものが現在の刑罰理論である。
SFにおける刑罰には課題作のほか、例えば次のようなものがある。半分以上ネットからの引用だけど。そして結局筒井先生を出してしまうあたりが残念である。
さて、ここからが本題である。これらSF刑罰のなかで現実的な刑罰はどれだろう。僕があげたものは確実に氷山の一角なので、みんなの知識やもし思いつけばみんなの創造した刑罰なんかも検討してみたい。
まずは自分で挙げたものたち。