ヤン・シュヴァンクマイエル『悦楽共犯者』(2010-06-04, 草野)

作者紹介

チェコのシュルレアリスム芸術家、アニメーション作家で映画監督でもある、オブジェも作るし絵も描く。現在75歳。映像分野では多数の短編作品や『不思議の国のアリス』を大胆に翻案した長編映画『アリス』(ティム・バートン版が不満だった人およびロリコンはこっちを見よう)、ファウスト伝説を再構成した『ファウスト』などがある。新作の『Surviving Life(Theory and Practice)』は今年公開される。

作者のことば

これは想像力豊かな映画で、いつもさまざまな意味をもたらし、解釈によってみずからの領域を広げている。

内容紹介

六人の男女がそれぞれの方法でオナニーする。

六人のオナニストたち

ピヴォイネ
主人公、ロウバロヴァ人形を相手に鶏の頭をかぶり凌辱する。
ロウバロヴァ
ピヴォイネの隣人、ピヴォイネ人形を相手にSM行為をする
マールコヴァ
郵便配達人、パンを鼻の中に入れることに快感を覚える。
クラ
雑誌店経営、電気自慰装置を使いアナとの疑似性交にふける。
ヴェトリンスキー
刑事、ブラシや毛を集め触覚オナニー装置を作る。
アナ
ニュースキャスター、鯉との触れ合いで自らを慰める。キャストは現実のチェコの人気ニュースキャスター、アナ・ヴェトリンスカ―。

快楽原則 vs 現実原則

@フロイト、我々のなかでは常に快楽原則(反社会的で、非順応的で、私たちを社会的な配慮を無視して願望へ、自由へと追い立てる)が現実原則(教訓的で、制限的で、社会や教育や勉学という抑圧で一様化を強制する)と対立している。

「芸術にもし何らかの意味があるとすれば、それは、人間をもっと自由にするという点に、私たちを教化的な習慣から解放してくれるという点にあります」

「教育とは現実原則の道具であり、芸術のほうは快楽原則の果実です」

不正操作

当人の意図を越えた何者かに不正に操られている状態。

「私たちが絶えず『不正操作』されていると確信している。星に、遺伝に、自分の押しとめられた願望に、社会に、社会による教育に、広告に、あらゆる種類の抑圧に。この『不正操作』に反抗しなければならない。創作行為によって、魔術によって、反乱によって。」

「どうみても、この文明を生きる人間の実生活は、広告と消費によって一様化を強制する社会生活の反応としてあらわれてくる、『非順応型セクト』のようなもののなかで今後ますます展開していくようになるだろう。このような大衆とそれを不正操作する者たちの観点から、願望(快楽)の自由で想像力に富む行為を目指すあらゆる試みは、必然的に倒錯としてあらわれてくるにちがいない。」(ここでのセクトの意味はよくわからない、誰か教えてくれ)

触覚主義

ヤンは歴史の傍流にあった触覚(身体感覚)の地位上昇を唱えている。映画内でもヴェトリンスキーのオナニーとして触覚が使われていた。

「身体的感覚は、いわゆる高次の感覚のあいだで特別な位置を占めている。視覚と聴覚は客観的であり、味覚と嗅覚は主観的だ」

「触覚が〈主観・客観〉の対立を乗り越える際に重要な役割をはたすかもしれない」

論点

読書会で出た意見


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