皆さん、光瀬龍という作家を知っていますか。
タツミン曰く、最近、再評価が進んでいるとかいないとか…。
でも、実際、多くの人が知らないんですよね、この作家。因みに、印度哲学の先生も知らなかったし…。
世間一般では、知っていても、名前だけといたところが実情でしょうか。
まぁ、SF研の皆さんの中には、読んだことがあるという人もいるかもしれませんね。「百億の昼と千億の夜」でしょうか。それとも、長門有希の100冊中を読破しようなんて考えちゃって、その中で「たそがれに還る」でも読みましたかね。
知っていても、知らなくて、別にあんまり重要ではないんですからね。
読んだことがなくたって、困ることなんか全くないし。
だって、みんな知らないんだもん。
でも、読んだことがある人、特に「百億の昼と千億の夜」の阿修羅のイメージなんかがすぐに頭の中に浮かんでくる人は、きっと他の人の3倍位は阿修羅展(今国立博物館でやっている展覧会ね)が楽しめると思いますよ。なんていう僕は、明日行くつもりですけどね。因みに興味のある人はお早めに。緊那羅立像と畢婆迦羅立像は今週までですよ。
光瀬龍は、日本SFの黎明期に活躍した作家だけあって、今でも、そしてこれからも、オールタイムベストには必ず登場する作家ですから、この機会に触れてみるのはいいことでしょう。気に入ったら、いろいろと読んでみるといいかもしませんね。個人的にはお勧めしますよ。
光瀬龍(1928‐1999)。戦後、東京教育大学理学部動物学科を卒業。都内の高校で生物を教える傍ら、星真一や矢野徹らとともにSF同人誌「宇宙塵」上にSF作品を発表。その後は、発表の場を「SFマガジン」や「宝石」に移していき、「晴の海1979年」の発表以降、本格的な作家生活に入る。ニヒルな東洋的無常観が漂う宇宙小説は、彼を宇宙ものの第一人者と評価されるほどの人気を誇っている。「たそがれに還る」や「百億の昼と千億の夜」などのSF作品のみならず、時代小説や架空戦記、ノンフィクションまで彼の作品の幅は広い。没後、日本SF大賞特別賞を贈られたことを除くと、各種の賞とは縁のない作家であった。最近は、ハルキ文庫が彼の作品を出している。
「墓碑銘二〇〇七年」、「氷霧二〇一五年」は、光瀬の初期の作品で、両作とも初短編集『墓碑銘二〇〇七年』(ハヤカワSFシリーズ3051)に収録されている。この作品のように年号が末尾につく作品群を「宇宙年代記シリーズ」と称したりする。他の「宇宙年代記シリーズ」は以下の通り。「シティ0年」、「ソロモン1942年」、「晴の海1979年」、「オホーツク2017年」、「パイロット・ファーム2029年」、「幹線水路2061年」、「宇宙救助隊2180年」、「標位星2197年」、「巡視船2205年」、「流砂2210年」、「落陽2217年」、「市(シティ)2220年」、「戦場2241年」、「スーラ2291年」、「エルトリア2411年」、「シンシア遊水地2450年」、「流星2505年」、「西キャナル市2703年」、「連邦3812年」、「カビリア4016年」、「カナン5100年」、「辺境5320年」。
まずは少し考えてもらいたいのだが、次の【 】を適当に埋めてほしい。
この作品の宇宙とは、【 】。
この作品の主人公は、【 】。
この作品で光瀬が描きたかったことは、【 】。
さて、どのような言葉が入りましたか。
一単語でも、形容詞がいっぱいくっついているようなものでも、どんな風でも構わないので、適当に埋めてほしい。
別に正しいという答えなんか、用意してないのだから。
光瀬の作品に於ける宇宙とは、その広大さ故に、絶対的な存在として描かれている。
宇宙へと進出していった人類の物語を、光瀬は多く書いているが、必ずしも宇宙は肯定的な存在ではない。光瀬の作品の中には、「辺境」という言葉が散見しているが、この「辺境」こそが、宇宙の象徴なのかもしれない。このシリーズの中で言うのなら、「スーラ2291年」などがまさにそのような辺境の姿を描いているように思える。つまり、宇宙の奥へと拡散していった人間が、もはや、人間でさえないような辺境人へと化していく要素としての性格を与えられているのだ。これは、宇宙という存在が、人間には余りに広大すぎることを暗示しているようでさえある。
作品の年代が上がるにつれ、宇宙という言葉が定義する領域自体も変化して行っていることは非常に興味深い。初期には、宇宙とは月を舞台にしていたものであったのに、その後は太陽系外にまで、拡張していくのだ。
これらの光瀬の作品が展開されていく宇宙とは、作品によって若干性格が異なっているし、表現のされ方も一様ではない。それは、穹ではないかもしれない。だが、物語の背景には、必ず高大なる宇宙が存在しているのだ。
以下で書くつもりだが、《時》と同じように、余りにも広大な宇宙の前には、人間なんて存在には、たいした意味は無いのかもしれない。しかし、そのような宇宙の中でも、人間は生きていこうとする。
人々の営みの舞台であるとともに、必ずしも優しいとは言えない宇宙。そこで生きていくことを余儀なくされた人々にとって、宇宙とはどのような存在なのだろうか。到底及びもつかない宇宙へと視線を向ける時、そこには何が映るのだろうか。限りないロマンや飽くなき憬れであろうか。それとも、そうせずにはおけない宿業であろうか。
上記の作品のタイトルを眺めてもらえれば解る様に、「宇宙年代記シリーズ」は未来史という形態をとっている。このシリーズのみならず、例えば「たそがれに還る」などのように、光瀬の作品では、ユイ・テフテングリによる「星間文明史」に基づくような体裁をとっていることがあるが、これは世界観を共有した作品群である。
光瀬自身、歴史小説にも興味を持っていて、宮本武蔵ものを書いている一方で、純然たるSFに歴史的要素を含めた作品さえも書いている。元寇に題をとった「弘安四年」や、宇宙人が紫式部を訪問する「いまひとたびの」、さらには関ヶ原における宇喜多勢の先頭部隊がロンメル将軍の戦車隊に突っ込んでいく「不良品」などがその例である。
「僕は、SFを歴史小説のつもりで書いているんです。ただし、僕の小説は、正史(記録されている歴史)を扱わず、裏面史の方に重点をおいている。一つの文明が起こり、さかえ、滅びてゆく間には、歴史の表面には出ないようなエピソードが無数にある。それを一つ一つ、ある年代の中に書くようにしているんです」
歴史とは人間が作る以上、人間存在を無視してはならないものだ。いや、無視するところには歴史など存在しえない。だが、その人間とは、表舞台に登場するような、誰もが教科書で習ったような人物だけではない。「歴史」というマクロな視点の中では埋もれてしまうような、その他大勢に区分されうる一般の人々にも、それぞれに名前があり、それぞれに人生がある。確かに、このような視点は「歴史」的ではないかも知れない。少なくとも社会科学の規範からは逸脱するものかも知れない。必ずしもそうではないのだが、「伝統」的な社会科学は、社会を集団として捉えたがるし、「社会史」などといった用語では個人の営為などは強調されない。
しかし、そのような「歴史」的なものとは別の次元の話になるのかも知れないが、確かに多くの人々に固有の生涯があったことは誰にも否定できない事実である。それは裏面史ですらないかもしれないが、もしかしたらそのようなものこそが、最も現実的なものなのかもしれない。そのような中にさえ、確実に歴史は存在しているということだ。生きる、生きている、生きていくとは、そういうことを言うのではないだろうか。
初短編集『墓碑銘二〇〇七年』のあとがきに、建設途上の第四黒部川発電所を訪れた際の感想として、光瀬は次のように書いている。
「建設中の巨大なダムの、何年かののちには堂々たる水をたたえ、そしてそれから何十年かたって無用の長物として見棄てられ、さらに何百年かののちに砂に埋もれ崩壊してしまう。このわかりきった図式の中には、私の触れることのできない《時》というものの壮大な流れがひそんできた」
そうすると、ある意味では《時》とは歴史的であり、その最終的な結末は、やはり無への還元に他ならないのかもしれない。
「空襲の最中、燃えている街をふりかえったとき、一軒の家の中で羽織が一枚舞っているのを見た。黒い羽織は、真赤な炎に翻弄されて、ひらひら動いている。まるでアブストラクトの絵をみるようだった。人間の生活が、巨大ななにものかに呑まれる一瞬だった」
このような荒廃のイメージは、今回の課題作では直接には語られていないのだが、光瀬の作品を取り巻く重要な要素である。荒廃の中へと収斂されないまでも、《時》という存在は、その先に虚無が常に待ち構えているものとして描かれている。
このような、《時》観を肯定的に捉える人もいれば、嫌悪を以て否定的に捉える人もいるかもしれない。しかし、絶対的な《時》の前にあっては、人間などという存在は無にも等しいものではないだろうか。そのような《時》に挑もうとすることは、それ自体が虚無的な発想なのかもしれない。「辺境5320年」や「百億の昼と千億の夜」などにみられる、人間のデータ化がその象徴と解する事ができよう。
そのような《時》を前にして、僕たちがとることのできることは、楽観的なまでに禁欲的な態度だけなのかもしれない。いや、寧ろ、《時》という存在を無視することで、現実へと目線を集中させていくことが、賢明な方途なのかもしれない。「連邦3812年」に於けるハンの態度は、そうしたものではないだろうか。そのように考えてみると、今ここにいる我々には、今のこの目前の現実とうものこそが、唯一の絶対的な存在であり続けているのかもしれない。
人間個人について言うならば、《時》の中に生じるものとはその人の生涯なのだろうが、それを人間集団まで拡大すると、その対象は文明という言葉が表象してくれることだろう。一人の人がその人生を生きたように、文明もその歴史の中に存在していたわけである。
ある文明が栄えるということは、いずれ崩壊、荒廃していくこととを前提にしている。わざわざ古今東西の歴史を紐解いてみるまでもなく、そのことの具体例はすぐに頭に浮かべることができよう。
そのような文明を象徴するものとして建造物が多用される。建造物は、直接的に文明のメタファーである。この場合の建造物とは、必ずしも住居や役所などではなくても、記念碑などであってもよい。
光瀬が見せるような廃墟とは、文明のなれの果ての姿であるとともに、同時に嘗ての繁栄を物語る証拠でもあるという両義性を兼ねそろえている。そのような両義性を、光瀬は常に思い描いていたのであろう。
だが、文明が荒廃しようと、人間は生き続けていかなければない。文明を築いたものが人間であろうとも、最終的な結末は人間の存在を超えたところで起こるのかもしれない。だが、それは避けることのできない、直面しなければならない現実とするならば、文明の盛衰とは、人間の営為とは同一ではないはずだ。文明が人間集団の象徴であったとしても、やはりその根底には、生の人間の営為が刻み込まれている。一面では、文明とは、そこで生じた営為の証明でもあるのだろうが、文明自体が完全に人間の営為を証明するものではないはずだ。それでも、その中で生起していた出来事を語る上で、文明という言葉は良き代弁者足りうるのではないだろうか。
噛み砕いて大雑把に言えば、釈迦の教えとは、輪廻からの解脱にあるといっても過言ではないだろう。つまり、「この一回きりの人生を精一杯生きようよ!」ということである。我々は決して不変的な存在ではない。そうである必要などない。そのような何か絶対的な存在への希求を続けるよりは、今ここにある現実に目を向けることの方が重要ではないだろうか。譬え十年後に死ぬことになろうとも、そのようなことが今現在の現実を無意味にすることはないはずである。
悠久の《時》の前には、人間や文明といった存在は、消え去る運命にあるのかもしれないが、しかし、そのことが自分自身が持っている自分という人間存在の意味を減じるものではないだろうし、文明という営みを当初から否定するものではないはずである。大切なことは、文明を作ろうとした人々がいて、そこで生活をした人がいたということは疑いようがないということなのではないだろうか。死んでしまって、単なる骨以外の全てが虚無へと還元されてしまおうとも、そこには確かにある人の人生があったのである。
そのようなものを無へと還元していくのは、あくまでもはじめて直線的な《時》の流れの中にあてはめようとした時である。だが、そのような視点が、そこで生きている当人にとっていかばかり程の有用性を提示できるのだろうか。
「いまは崩壊していても、それを一生懸命につくりあげた人間がいる。そういった文明のはかなさ、人間の行動のむなしさに惹かれる」
そして、そのようなものは、《時》の中では無意味であったとしても、その当人にとっては何よりもかけがえのないものであったはずではないだろうか。
「ここ(引用者註;=宇宙)では主役は時間なのだ。人間はただその主役をきわ立たせるためにのみ存在が許されているのだ」
(「巡視船2205年」より)
そうかも知れない。宇宙、悠久の時、《歴史》の前には人間は無力で無意味な存在なのかもしれない。だが、大切なことは、今この現実に対峙している自分が、ここにいるということなのではないだろうか。そして、その目前の現実の積み重ねを生きていくということこそが、生きている、生きていくということなのではないだろうか。
今回は、光瀬の世界観を形而上的な視点から検討してみるということ主眼において話を進めてみた。大方の方には、納得していただけたと思う。また、今回の入門編では、光瀬の作品に特有な「神」的な存在以外については大方検討できるようにしたつもりであったが、作品群を複数読にわたって読むことができないため、少し無理があったかもしれない。
今作の主人公は般化で紀七位までも、人類社会に対して負うものがある存在として描かれているということは、充分に検討できたと思う。