ジェームズ・H・シュミッツ「惑星カレスの魔女」(2009/3/26, 三科)
リポーターの弁明
犬に誓って、諸君には本当のことを言わなければならないのだから、誓って言いますが、春期休暇中中止論もある中、一週間の延期という形で実施した今回の読書会は、学期に延期してしまうと、新入生(いっぱい入って欲しいないっぱい入るんだ!)への配慮から、短編への変更(だったら、光瀬龍「墓碑銘2007年」&「氷霧2015年」にしたんだけど…)を余儀なくされるので、何人かは来てくれるとのことだったので、今日の決行となりました。
作者紹介
アメリカ人の両親のもと、ドイツのハンブルクに生まれる。親の仕事の関係で少年時代をドイツで過ごす。10代初めにドイツのSF作家フリードリッヒ・ヴィルヘルム・メイダーの『驚異の世界』を読んだのを機にSFに傾倒。1930年にアメリカに帰国しシカゴの職業学校に入学、2年間在籍していたが不況により就職できず、ドイツに戻り父親の会社で働く。ドイツに戻ってから創作活動を始めるが、ナチスの台頭によりヨーロッパ情勢が不穏になってきたため、1938年に家族全員でアメリカに帰国。第2次世界大戦ではアメリカ空軍の航空写真士として働き、この戦争中に処女作である短編『緑の顔』(SFではない)を執筆した。この「緑の顔」は、ジョン・W・キャンベル編集のファンタジー誌『アンノウン』の1943年8月号に掲載された。1949年に、同じくジョン・W・キャンベル編集の『アスタウンディング』誌7月号に載った『ヴェガよりの使者』でSFデビュー。戦争が終わってからはキャンピングトラクターのセールスの仕事をこなしながら執筆活動をしていた。1957年にベティ・メイ・チャップマンと結婚。1959年より仕事をやめ、創作活動に専念。1973年に、リトル・インヴィジブル・マン賞を受賞。1974年に、最後の著作となる短編『不死性の霊気』を発表。1981年にロサンゼルスの病院に5週間入院していたが、1981年4月18日に、充血性肺疾患により死去。69歳。(from wikipedeia)
作品紹介
- 商業宇宙船のバウサート船長は、一つの揉め事に首を突っ込み、ついつい幼い奴隷三姉妹を助けてしまったのが運のつき。寄港先で出くわしたのが、よりによって惑星カレスから来た魔女だったとは!禁断の惑星と接触したせいで、恋人も故郷も失い……行き場をなくした船長は、やがては銀河系じゅうを騒動の渦に巻き込むカレスと命運を共にするはめに。ユーモア溢れるスペースオペラ。(と、バックカバーには書いてある)
- ヒューゴー賞の候補にもなっていたらしい
論点
- このカバーアート(新潮&創元共通)ってどう?
←勿論、宮崎が書いているんだけど…(因みに、彼は今でも『図書』のカバーアートを書いていたり)
- 古典的なスペオペの匂いが感じられませんでしたか?
←個人的には、主人公がティーンエイジャーでないことを除けば、ハインラインのジュブナイルのような匂いすら感じてしまう(勿論、こっちの方がテンポがいいんだけどね)
- こういうスペオペってお好き?
- どういうスぺオペがお好き?(スぺオペなんて嫌いだ!という人はその理由でも熱く語ってくださいな)
- その他思ったことを…
読書会での論点の検討
- カバーアートに関しては、何とも宮崎らしいデザインであるがゆえに、ナウシカを連想した人が多かった。しかし、メカやバウサート船長(らしい人物)の描写は、リポーターを含めて「?」があるようだった。宮崎ってなんで、ティーンエイジャーしか描けないんだろうね
- 本作は、どことなく『夏への扉』の関係を連想した人がいたように、古典的な要素が色濃く残っている作品である。そのような作品が、ニューウェーブが流行していた60年代に、このような古典的なSFがあったことは、面白いことであろう
- 読みやすいスぺオペほど、面白いスぺオペのように感じられるからなのだろうか、銀英伝やスミスなどのスぺオペが好意的に読まれているようである
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