ハリイ・ハリスン「宇宙兵ブルース」書評

ハリイ・ハリスン(Harry Harrison, 1925?)
アメリカのSF作家。代表作は「ステンレス・スチール・ラット」シリーズや映画「ソイレントグリーン」の原作となった「人間がいっぱい」など。作品の幅は広く、SF以外にも「Montezuma's Revenge」などのミステリー作品やノンフィクション作品も手がけ、また小説家としてのみならずイラストレーターとして活躍していた時期もある。ちなみに、放浪作家としても有名で、編集者のCharles Monteithには「自分が知っている中でも一番あっちこっち歩き回ってる奴(the most peripatetic fellow I know)」と評されている。

「宇宙兵ブルース」は愉快な物語だ。「銀河ヒッチハイクガイド」のアーサーが軍隊に入隊したバージョンだと考えてもらえば、まあ大方は当たっている。すなわち、この物語は次のように要約される: 「主人公のビルが災難に遭う」

事実、ビルは最初から最後まで災難続きである。そもそも、善良な農民だったビルが軍隊に入隊することになったのは、催眠暗示によって無理矢理「同意」させられたからだ。しかも、入隊に同意したら即座に15kmもの行進をさせられ、地獄の訓練キャンプであるキャンプ・レオン・トロツキーに連れていかれるのである。そこでの教育は残酷という言葉では言い表せないほど無茶苦茶なもので、ビルは勧誘時の甘い言葉が幻想どころか悪質なペテンであったことを身にしみて思い知ることになる。キャンプを離れて前線に送られても事情はちっとも良くならず、むしろ兵士の処遇は輪をかけてサディスティックになっていく。そして、ビルはたまたま戦闘中に自軍の危機を救って勲章を受けることになるものの、授与式が催された帝星ヘリオールでは街路図帖を盗まれ、苛酷な軍法によって死刑を宣告される身に陥ってしまう……。

なるほど。では本書はただそれだけのお話なのだろうか?ビルが理不尽な運命に翻弄されるのを見て楽しむ、単にこれだけ? そうではなかろう。より注意深く読むと、二つの大きなテーマがこの作品の基底に存在しているということに気がつく。

一つ目のテーマは「反戦」である。まず、本書は兵士の勇敢さや勲章の美しさといった類の幻想をこっぱみじんに打ち砕く。本作は舞台を軍隊に据えているのだが、どのページを見ても軍隊の栄光といったようなものは見当たらない。兵士達はまるで使い捨ての道具のように扱われ、与えられる職務もただ危険なばかりの無意味なものでしかなく、やりがいも何も、彼らは自分の艦隊がどこへ向かって、何をしようとしているのかさえも知らされないのである。

この種の「大本営発表とはかけはなれた醜い現実」の喧伝は、反戦主義者が大好きな手法ではある。少なくとも、これが戦争を否定する心情を育てるのを助けるというのはまちがいない。いわゆる戦争教育といったものが往々にして、悲惨な戦争体験や軍隊の残酷さを語るだけに終始しがちな理由もここにあるのだが、しかしながら、ここでもう一歩踏み込んでみると、このような真の戦争の姿の摘示は戦争の意義を否定するものではないということがわかる。

そもそも、戦争の本質とは一体何だろうか?それは、大雑把に言うなれば「直接的な武力の行使による政治的目標の貫徹」である。この観点から見れば、戦争の残虐さは、単に戦争という手段にかかるコストが大きいということのみを意味し、また当局の戦争賛美のプロパガンダは、士気を鼓舞することによって優秀な軍隊を維持する費用を節約する手段にすぎないのである。戦争を政治的手段と考える限りにおいて、末端の兵士達が俸禄や役得という卑俗な動機で戦っているのであろうが、支配層への純粋なる忠誠心から戦場に身を投じているのであろうが、それによって戦争の意義は何ら左右されない。理念への献身や輝かしき英雄といったものが戦争の本質的要素であると考えるのも、またその欺瞞を非難して戦争の残虐さを声高に主張すれば事足れりとしているのも、道徳や人道の問題としてはそれでいいのかもしれないが、本質的には的外れなものでしかない。

もし本当に戦争を否定したいならば、その戦争が手段として合理的なものでないということ、すなわち具体的に言えば、その戦争の目的の達成可能性がそもそも無いとか、あるいは目的が犠牲に比して見合わないものであるといったことを立証しなくてはならない。戦争一般を否定するのはさらに困難な事である。それというのも、およそ戦争というものが常に手段として失当であることを示さねばならないからで、実際にはそのような論証は不可能だろう。本書もこの部分で失墜してしまう。現に、本作はどのように前線の兵士達が無秩序であるかを描くばかりであって、戦争の目的を握っている上層部について記述したり、あるいは戦争全体を俯瞰したりすることがほとんど無いのである。論より証拠、例えば次の対話はどうだろう:

「チンガーは、いままで銀河系で発見された非人類の中で、原始段階を越えているただ一つの種族だ。だから、われわれがやつらをみな殺しにするのは当然なんだよ」

「その当然てのは、いったいどういう意味だい?おれはだれもみな殺しなんかしたくない。うちに帰って、一級肥料機運転士になりたいだけなんだ」

〔……〕

「ぼくは人類ぜんたいのことをいったんだ、それがわれわれのやりかただってことをね。もちろんやつらは、自分たちの宗教に反するし、戦うとしても防御だけで、攻撃はぜったいにしないというだろうさ。だけど、それがたとえ本当でも、そんなことを信じちゃいけないんだ。やつらの宗教や思想なんて、いつ変わるかしれたもんじゃない。もしそうなったら?だから、いまのうちにやつらをみな殺しにするのが、いちばんいい解決法なんだ」

ハリイ・ハリスン「宇宙兵ブルース」(浅倉久志訳, 早川書房), p29

この長いセリフは、およそ戦争というものが単なるパラノイアの産物でしかないということを示しているように見える。しかしながら、このセリフを述べているのが一人の訓練兵にすぎないということに注意しなければならない。要するに、これは末端の兵士が戦争の意義をどのように解釈しているかを示しているに過ぎないのであり、対チンガー戦争に明確かつ合理的な政治的目標があるかどうか、すなわちこの戦争が有意義なものかそうでないのかは、類推できこそすれ、実質的にはとりもなおさず不明なままなのである。

二つ目のテーマは「現代社会の不合理さ」である。この書評の初めの方で「主人公のビルが災難に遭う」と本書を要約したが、そもそもなぜビルは災難に遭うのだろうか?この原因をビル自身に見出すことはできない、というのもビルはあくまで善良で純真な人間であるからだ。しかしそれにもかからず、というよりもそうであるがゆえに、彼は社会的欺瞞や人々の強欲といったものの餌食になるのである。

ビルの出会う不条理の数々を詳しく検討していくと、その背後には極端な官僚主義、利己主義、内実の伴わぬ宣伝文句という要素が存在していて、さらに組織全体を見通す正義が不在であるがゆえにそれらの腐敗が正されずに放置されているとわかる。正義が存在してさえいれば全ての問題は片付くのだが、よりにもよってこの正義が不在である理由はなんとなくわかる。まず、現代社会のような巨大な機構には細々した厄介な問題が無数に存在し、これらの問題については専門化された小組織が対応にあたることになる。このように組織の細分化が進んでいくと、どうしても一人の人間が全体を見通すことができなくなり、小組織同士は疎遠になっていく。そうすると、それぞれの小組織が独自の力学を持つようになり、また外部からのチェックも働きにくくなる。こういう状態に陥ると、自然と組織全体のモラルがどんどん下がっていく。外部からの監視の目が無くてインチキをしても罰せられないのなら誰だってインチキをするし、他の小組織が自分達のルールに従わないアウトサイダーである以上、他の奴らなど知ったことかということになるというわけだ。こういう堕落した社会においては、ビルのように善良で無防備な連中はよいカモになってしまう。

本書は一般に反戦小説として扱われることが多いのだが、むしろこの小説の真価はこの不条理の問題を正しく認識し、それらを見事に表現している点にあるように思われる。思えば、この正義の不在の問題は人類にとって永遠の問いであった。昔の宗教家達は、この不合理を悪魔などの観念上の邪悪な存在のせいにするという幼稚な解答しか与えられなかった。近代の知識人はこれらの悪霊から解放され、一歩すすんだ解答を与えた。例えば、H・G・ウェルズはこれらの原因を現代に蔓延する利己主義に求め、彼が神に代えて最上の座に据えた「科学的良識」がいずれ解決してくれるであろうと考えた。ハリスンはそこからさらに進み、形而上学的なごまかしに濁らされない目で問題を捉えたからこそ、この不条理を仮借なく描ききることができたのである。

しかし、まさにそのような小細工が無いゆえに、本書はそのおもしろおかしい語り口にもかかわらず、この上なく陰鬱な側面も有しているのである。宗教家達は、世の中の不条理に直面しても信仰心さえ保ちつづければいずれ全能の神や仏が救いの手をさしのべてくれると教えていたし、ウェルズは科学に従って社会を変革していけばこの不条理の問題はいずれ解決されると主張していた。これらが実際に役に立つのかはひとまず置くとして、少なくとも彼らは私達が何をしたらいいのかを教えてくれていた。しかし今では、どうしたらいいのかの手がかりすら見当たらないのである。ビルの善良さが最後には失われ、ついに下劣な体制側の一人となってしまうという象徴的なエンディングは、このことを如実に表している。

細部までチェックできないほど大きな組織の末端の腐敗を防ぐにはどうしたらいい?共通の基盤を持たない集団同士のいさかいを無くすにはどんな仕組みが必要なのか?これらはハリスンの後の世代たる私達に突き付けられている問題である。しかし、私達の世代が果たしてこの問題に十分な解答を与えることができるのだろうか?私には心許ないのである。


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