H・G・ウェルズ「タイムマシン」 (2008/12/04,三科)
作者紹介
1866年9月21日、イングランドケント州ブロムリーの商人の家に生まれる。言わずと知れたSF作家の大御所。しかし、彼はかなり多彩な人物で、風俗小説作家やジャーナリスト、歴史家や科学者、さらにはフェミニストといった側面もあったらしい。科学師範学校で生物学を学び、学生誌にもしばしば寄稿している。1896年に発表された彼の処女作『タイムマシン』や『モロー博士の島』、『透明人間』などはあまりに有名な作品である。1946年8月13日に亡くなった。
物語紹介
- 言わずと知れた、古典的な名作SF。四次元世界を航行するタイムマシンが初めて登場した作品である
- 彼に与えられた唯一の呼称は、「タイムトラベラー」。彼は、80万年後の未来を経験してきたというのである。そして、彼は驚くべき物語を語りだしたのである。
日本初紹介
- 黒岩涙香が『萬朝報』上で『八十万年後の社会』というタイトルで紹介したのが、初出。
- 冒頭;「『出来る筈が無い』と思われた事柄が、出来る様になる。其れが文明である」
- 因みに、涙香はタイムマシンのことを、「航時機」と表現している
ウェルズとヴェルヌ
- 「当然のことであるが、かの偉大なフランス人の発見的な創案と、これら私の空想との産物との間には、文学的な類似は全く存在しない。彼の作品は常に、現実的に可能性のある発明や発見を取り扱っているし、彼はいくつかの注目すべき予測も行っている。彼が呼び起した関心は実際的な関心であった。ヴェルヌは、当時まだ実現していなかったいろいろなことを実現させることができると信じて、それを書いた。このことは、読者がその実現を想像したり、果たしてどのような楽しみとか、興奮とか、災いとかかが起こるのかを認識したりするのに、役立ったのである。」byウェルズ
- 「彼と私の作品との間には、比較の可能性は存在しない。彼の短編は、厳密な科学的基盤に立脚したものであるのではない。私は物理学を応用するが、彼は創作する」byヴェルヌ
- ウェルズは自然界の神秘や、その神秘に対するものとしての社会の連帯、そしてその中におかれた人間の地位をモラリスト的見地から眺めていた一方で、ヴェルヌは19世紀的な楽観主義や科学の栄達を讃える中で、未来の驚異を追求しようとしていた作家ではないだろうか
とっておきの秘宝
- ウェルズは『タイムマシン』の第一稿を「とっておきの秘宝」とよんだ
- 「まず、出発点として何かあることを取り上げて、それについてあれこれ考えをめぐらしていると、不可解なことに、やがて暗闇の中から正体の知れない、あるいは鮮明な、小さな核が現われてくることに私は気づいた。(中略)筋道は通っているが、我々の日常の健全な精神を以てしては及びもつかない、ある秩序に支配された遥か彼方の神秘的な世界を覗き込んでいるということに、私は気づいた」
ハクスリーの進化論
- ダーウィンの進化論の持っていた通俗的で楽観的な解釈は、神の意図を自然淘汰の過程に置換
- T・H・ハクスリー;ダーウィン(進化論)の最大の擁護者、「古い宗教観を持つ人より、猿を祖先に持ちたい」
- 自然は良くて中立な存在→人間も偶発的な存在→停滞、後退も充分にありうる
※そもそも、生物学用語としての「進化」とは、「外形の変化に伴う、種の形成」
- 「進化論は、至福千年の期待を鼓舞するものではない。数百万年に渡って我々の地球が上昇の一途をたどるとしても、いずれは頂上が極められ、下り坂が始まることになるだろう」
- 結局、進化論の中でも、最後の審判は否定できなかった
- 「社会進歩とは、宇宙の経過をその一歩一歩ごとに検査して、一つのものを別のものと交替させることを意味しており、それは論理的な過程と呼んでもよいものであろう。そして、その過程の目的とするところは、たまたま適者となるかもしれぬような存在を存続させることではなくて、倫理手的に最善なるものを存続させることにある」
- 自然の進化の法則は、倫理的に中立であるが、一方では倫理的意識を持った人種を生み出した
→社会的善の追求と、そこから齎されるであろう精神的な進化を以て、自然淘汰を乗り越える
→科学に対する楽観論⇔自然界に於ける人間自身の位置付けへの苦悶と陰鬱
←この二元論こそが、ウェルズにも浸透していたのだろう
「ハクスリーの教室で過ごしたその歳月こそ、疑いもなく、私の人生でもっとも教育らしい教育を受けた歳月であった」
『タイムマシン』を読む為に~進化の先にあるもの~
- ウェルズの育った時代はヴィクトリア朝後期の懐疑の時代→科学振興(進化論など)が熱狂的に迎えられる
- ウェルズの精神構造
- 仕事と家庭が共に崩壊の危機にさらされていることへの憂鬱な意識
- 病弱さと早死に対する恐怖(→普遍的な人類の絶滅)
- 幼少期に受けたキリスト教福音主義の影響
- ハクスリーの進化論やケルヴィンのエントロピーの法則などの影響
⇒陰鬱な時には、絶滅的な展望に目を向けていたが(→運命の受諾)、その思考に耐えられなくなると、進化の法則に挑戦して、その支配者になろうとした(進化論的運命からの救済とその方途の発見を試みている)
- 『人類の絶滅』;地球という遺産を相続した人類が、それを無限に支配できるということの排撃
- 「現在でさえも、我々の知りえないところで、来るべき恐怖が機会あらばと身構えているかもしれないし、人類の衰退は間近に迫っているかもしれないのである。これまで世界が目撃してきた、すべての支配的な動物の場合でも、(中略)それが全盛を極めた時点が、その全滅への前夜となっている」
→烏賊や蛸、蟻や蟹が人類の後継者
※この論文は、『タイムマシン』を執筆していた時期に寄稿されたものである
- 「時間」という概念;過去と未来の推定と現在への安心意識、生物学的・宇宙論的な概念
- 当時はヴィクトリア朝末期(→黎明or黄昏)
→この変化の先にあるもの、未来に待ち受けているものへの不安
- 自然淘汰による進化とは、必ずしも高級な段階への到達とは限らないというハクスリーの意識
→人類の進化の帰結としてのエロイ世界(神の去った世界)
←ダーウィン的な進化のパターンの裏返し(未来に行くほど、より頽廃した生物が支配している
- エロイ(堕落した下等種族、家畜)とモーロック(地下世界の機械番)の分化を、支配階級とプロレタリアートの階級分化の延長線上に想定→マルクス主義的な階級闘争の楽観的帰結の否定
- 「人類は究極的には呪われており、その前途にあるものは救済ではなく絶滅である。科学の齎すあらゆる希望にも関わらず、終極は「やはり暗黒」であるに違いない」←黎明でも黄昏でもない世界
- ウェルズ自身、空想科学物に対して、「実に多岐多端な筋がある」と述べている一方で、彼の作品の主題は進化の過程の本質と、事物の構成の中で人間の占める不安定な地位である
- 冷徹な進化の帰結;陰鬱な視座からの脱却の試みとしての禁欲的態度や、社会的善や道義心による動物的本能の抑制
←事実、1896年頃から、福音主義の中核をなしていた教済指針の世俗向け編集している
進化論の限界
- J・S・ハクスリー;上述のハクスリーの孫で、20世紀を代表する生物学者の一人
「進化の過程は時空間の全宇宙を包括する単一のもの」としてとらえ、「現象的現実の全体は単一のプロセスである」→宇宙に存在する全ての事物や現象は、生成、変化、消滅
⇒広義な意味での進化とは、全事象を包括する単一の時空間に関するものを対象にする
←進化論的手法の拡大的援用
- 人間の意志の及びもしない領域で、時間軸にそって自然は変化していく
→では、その最後にくるものは何なのだろうか
←この問いに答えるのに充分な理論は現在でもないだろう
論点
- あなたは、『タイムマシン』をどう読みますか
- 『タイムマシン』が投げかける問を、21世紀に生きる我々は克服できるのだろうか
- その他、タイムマシンに関して、それぞれ好き勝手に熱く語りましょう
参考文献
- N&J・マッケンジー『時の旅人 H・G・ウェルズの生涯』早川書房1978
- 祖父江孝男『文化人類学入門 改定増補版』中央公論者1990
- 笹原英史『J・S・ハクスリーの思想と実践』専修大学出版局2006
おまけ
さてさて、今年の日本SF大賞に輝いた作品、勿論知ってますよね?
候補作;円城塔『Boy's Surface』、山本弘『MM9』、高野史緒『赤い星』、貴志祐介『新世界より(上・下)』、磯光雄『電脳コイル』
読書会後の纏め
今回の読書会は、『タイムマシン』とその作者であるウェルズ自身を、19世紀的な知の体系の中に位置づけることを軸に話を進めた。そのため話の大枠自体は、僕自身が提示してしまったが、その理論的な枠組みは、各参加者にも理解して頂けたと思う。また、ウェブをご覧の皆様にも、今回のレジュメを一読頂ければ、ウェルズをよりよく理解して頂けるはずである。今回の読書会では、ウェルズが人類の未来を描く中で設定した80万年後という未来に、その未来性故に現実感が喪失していることが話題になった。つまり、その未来に現実感が欠如しているからこそ、我々は安心してウェルズの提示する世界に浸ることができるというわけである。また、80万年後の未来の描写にしても、やはり19世紀的な高慢さが感じられる一方で、人間的ではない「人間」(「非人間」と表現することは敢えて控える)という存在が問いか掛ける問題は、永遠不変な問いではないだろうか。それ故に、この古典的な名作は、いつまでも読まれ続けていくことに値する作品であると思う。
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