現在NHKで家族八景の続編である「七瀬再び」がドラマで放映されている。ちなみにドラマをやっているからこれを選んだのではなく、選んだあとに偶然ドラマをやっていることに気づいた次第である。
結局様々な要因から女中として転々とすることをやめ、一人旅のようなものを始める。その道中様々な超能力者にあい、彼らに関わる事件にも関わる。その途中で正体がばれてしまい、超能力者たちを一般人を淘汰する存在として恐れ、虐げる一般人からの迫害を受ける。凄惨な死闘にまで発展するこの勝負の中、安らぎを探す七瀬一行は青い小鳥に出会えるのだろうか。人は誰でも幸せ探す旅人のようなもの、なんてね。
第三作「エディプスの恋人」では、前作で死んだはずの七瀬が復活する。ただ、絶対者みたいな女が自分の息子の嫁の役として復活させているような感じで、絶対者の彼女の世界の中で存在するだけの者となっている。
我々はまず、いわゆるテレパスではないわけですが、七瀬によると、「茫漠とした意識野に些細な事物がごろごろところがっている」のが読めたり(無風地帯)、「彼女の意識野の中には・・・化学構造式のごとく常に緊密に結びついていて・・・プリズムのような、その思考の屈折と分散・・・」しているのがわかるらしい(青春讃歌)。また、すさまじい憎悪、怒り、恨みを感得して、掛け金を下せずに怯えている描写もある(紅蓮菩薩、亡母渇仰など)。さらには発狂した人間の意識野までもが見えるらしい(水蜜桃)。挙句は死まで見えるそうだ(青春讃歌)。テレパス、何者ぞ。彼女にはいったいどんなことがどんなふうに見えているのでしょうか。
また、テレパスの能力は単純にみると便利そうだが、能力を隠すのは大変そうだし、実際ばれると厄介なことになる。「七瀬再び」程まで行くかはわからないが、少なくとも動物みたいな扱いは受けそうである(保護観察、血液採取、見世物にされる、遺伝子や卵子の採取位はされてもおかしくないと思う)。
と、いうわけで
a)七瀬には何が如何に見えるのか(本題の上から三つ目までなど)
b)なぜ掛け金を下せない時があるのか。人の憎悪の与える影響について
c)狂人の意識野について(今回は便宜上水蜜桃の桐生氏をベースに)
d)死が見えること自体について、そして見えるとして、死について
e)「日曜画家」などで出てくる{ }の役割(小説の読解みたいですけど…)
f)受難が待ち受けているかもしれないと分かっていてもテレパスの能力は欲しいか
g)友達にテレパスがいるとわかったらそいつとはどんな人間関係を築きたいか
この先は読んでいないと辛い可能性があるので様子を見ることにします。一章だけとか指定しておきながら無責任な気もするが・・・
h)「無風地帯」の咲子はテレパスか否か
i)テレパスの能力があると人を反面教師にして自らに磨きがかかる気がするのだが、「芝生は緑」を読んでいると性格がねじ曲がってしまうのだろうか、とも考える。さらに言えば、完全にナルシストになっている気がしてならない。
人の心を読める、という設定は比較的メジャーながら、考えてみるとその能力には茫洋とした部分が多い。そういったぼんやり感を少しでも減らしてみたいという意志で本作品を課題にしました。正直「全部読め!」にしたほうが楽だった気がするが、どれか一つ好きな章を、という斬新(とある方談)な手法で参ります。
にしても、所々です、ます調だったり、説明調だったり、なんとまぁ・・・(しかもさぼって直してないし)
NHKで放送されている「七瀬再び」を見た。感想を言えば、(悪い意味で)さすがNHK!といった感じ。主役に知らん奴が起用されている(むしろ脇役がベテラン組)し、何故か柳原加奈子(可奈子?佳奈子?☠)が出ている。また、性愛に関する描写はもはや犯罪並の酷さである。原作ではちらほら顔を出す人間の(男の)欲望丸出しのエッチな部分は丸々カットされる傾向があるようだ。そのせいで重要登場人物の一部にあるはずの残忍さが大きく削ぎ落されていて見ていて物足りない。また、キスシーンがあったが、キスのふりをしてるのがあまりにもバレバレ。素人でも同じ水準じゃないか、と思われるほどで目を疑った(未経験の人間が偉そうに言うものではないだろうが・・・)。