ジュール・ヴェルヌ「月世界へ行く」 (2008/05/05,三科)

0.リポーターの呟き

子供時代に、『月世界へ行く』を読んで不思議とワクワクしたあの想い。


あの想いはいったい何だろうか。


今の科学的知見から見ると、到底考えられないような設定なのに、この小説がとても凄い小説に感じられたのは何故なのだろうか。


蒼穹とそこに浮かぶ月。


それらを見上げると感じるあの不思議な気持ち。


そして、たぶんそれは古今東西共通する想いなのだろう。


それでは、暫しジュール・ヴェルヌ作『月世界へ行く』で、今宵の読書会にお付き合い願いたいと思います。

1.作者紹介

フランス西部ペイ・ド・ラ・ロワール地方のナントで生まれる。当時のナントは交易が盛んで、異国情緒豊かな港町であった。そのようなナントに訪れてくる船乗りたちの冒険話もヴェルヌの冒険心と想像力をかきたて、彼は海の英雄になることを夢見たという。

1848年、ヴェルヌは父の勧めによりパリの法律学校へ進んだ。そこでヴェルヌは多くの芸術家たちと交流した。パリでの生活は充実したものではあったが、金銭面においてはあまり余裕のない生活であったらしい。そのうちアレクサンドル・デュマ父子と出逢い、劇作家を志すようになった。その一方でヴェルヌは、自然科学の論文も読んでいた。そのような中1840年代に、彼のお気に入りの作家であったエドガー・アラン・ポーが、小説に科学的事実を取り入れることによって、物語に真実味を持たせるという技法を示し、これに興味を持つようになっていった。友人フェリックス・ナダールが製作した気球に触発されて、1863年に書いた冒険小説『気球に乗って五週間』が大評判となり、流行作家となる。そして彼は編集者のジュール・エッツェルと契約を結んで、生涯にわたって科学・冒険小説の傑作を生み出してきた。1883年にはアミアン市会議員に当選し死ぬまで在職した。

晩年には甥に襲撃されたこともあり、悲観主義的傾向が強くなったと言われるが、近年偶然に発見された初期の作品『二十世紀のパリ』(作中で文明批判を展開)に見るように、悲観主義的な一面は当初から持ち合わせていたようである。

2.あらすじ

186X年、フロリダ州に造られた巨大な大砲から、大砲クラブのバービケーン会長と同会会員ニコール、そしてフランス人のミッシェル・アルダンの3人を乗せた巨大な砲弾が月へ向けて発射された。ここに人類初の月世界旅行が敢行されたのである。だがその行く手には、小天体との衝突、空気の処理、軌道の狂いなど、予想外の問題が待ちうけていた。

3.論点

4.ドレーク方程式

5.薀蓄(知ってたらゴメンなさい)




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