竹宮惠子(たけみやけいこ)、1950年生まれ。1968年、『りんごの罪』でデビュー。現在の少女漫画の方向性を確立したといわれる「24年組」のけん引役であり、少女漫画界の開拓者。SF、恋愛、音楽、歴史、コメディなど手がけるジャンルは多彩で、少年誌・青年誌でも活躍。1980年、『風と木の』『へ…』で第25回小学館漫画賞を受賞。他の作品に『ファラオの墓』『私を月まで連れてって!』『変奏曲』などがある。
現在、京都精華大学マンガ学科の学部長。
『竹宮惠子SF短篇集3』に収録されている物語であり、『E=MC』、『エデン2185』、『殺意の底』、『エデンの国境』、『ふる星のごとくに』、『に永遠』で1シリーズとなっている。若きスペースマン、「シド・ヨーハン」を軸にして、「人間の心の国境」や、「平和の恐怖」、「人生の在り方」などを問う。
作者である竹宮惠子は、なかでも『殺意の底』がお気に入りで、これが始めに出来上がった短篇だという。説明不足になるのが怖くてシリーズ化を考えた。「結婚するなら、シドのような人がいい」そうだ。
『E=MC』は、『私を月まで連れてって!』という作品中の1話ものでもあり、この話を展開させて次に並ぶシリーズへと繋がっていった。いわゆる前日譚である。
『私を月まで連れてって!』という作品の登場人物が登場する。
アインシュタインの相対性理論などを勉強していたニナのところに、シドが「シュール」という偽名を使って現れる。シドの魅力に夢見心地になってしまったニナ(ダンは激しく嫉妬してしまう)だったが、超能力でシドの心を少しだけ読んでしまう。「永久に見られない地上を見にやってきた。自分は孤児だから、どこへ行っても誰も泣かない。それでも、失いたくないと思ってくれる人が欲しかった」というシドの悲しみを知ってしまったニナは落ち込んでしまう。そんな様子を見ていられなくなったダンは、ニナと一緒にシドのところに行く。いつまでも愛しているということを確認し合うニナとシドは、さよならをする。テレビでシドが「エデン」に乗ることを知った2人は、エデン発射の噴射光を見つめながら、互いの愛をも確かめ合うのだった。
ついに、人類は惑星エデンへ旅立った。……はいいものの、エデンに辿り着く前に死んでしまう運命の空しさを撒き散らすハロ。「自分たちはこの航海の一里塚でしかない」と嘆く。それを聞いたシドの心も不安定になってしまう。
そんな最中、ハロの不注意で燃料生産区が損傷し、100年の航海にプラス3年かかってしまうことが判明した。損傷部分を確かめに行ったハロは、ショックのあまり自ら宇宙空間でエンストを起こしてしまう。救助に向かうシドに、ハロは心の内を告白する。そのときシドは、「人間は、こわいくらい広い宇宙の中で、ろくでもないほど小さな存在なのだ」と痛感する。しかしトゥルーに「それでも宇宙は綺麗」と諭されるのだった。
シド、そしてエデン2185を変える「事件」が起きる。
ハロの五月病から3年が経ち、彼はすっかり立ち直り、シドとともに中尉となっていた。ところが、エデン2185の平和のかげりが露わになってきていた。市民の自殺が多発しているのだ。シドはなんとしても人々を救いたいので、市民への心理相談をしてほしいとゴドリーに相談するが、「人間はできる限り人間本来の姿に近いままで目的地につかなければならない」とかわされてしまう。
その頃、エミリオ・ブローラーという准士官が、メインデッキのクルーを射殺、人質にとり、占拠してしまった。犯行の目的は、「地球へ帰ること」。この事件が市民に報道され、人々の心の不安を代弁したブローラーへの同調が高まり、人々も、そしてシドも揺れ動く。「惑星エデンへの移住計画は、途中で放棄できない」。シドは「個人的理由」でブローラーに会いたいと面会を要請。メインデッキへ突入し、犯人グループを射殺。逃げ出した彼らの仲間をも、宇宙空間へ吹っ飛ばしてしまうのだった。
市民の自殺件数は激減し、「エデンへ行く」という最初の目的を取り戻すことができたが、シドの心は晴れない。立ち寄った酒場のおじさんに、「物事には表と裏があるが、そのどちらでもよかった」ということを諭される。
エデン2185には、小さな子供の遊ぶ光景が目立ち始めていた。
シドが鎮圧したあの「事件」以来、市民のフライング・マンに対するイメージは低下し、重力区からのフライング・マン志望者は皆無となってしまっていた。
フライング・マンのほうも、「エデンでの事故やら火事やらを始末しているのは自分たちなのに、市民は逃げてしまう」と、一般市民の態度には立腹していた。「フライング・マンが来ると、エデンが船だということを思い出させられる」という市民との衝突は、もはや避けられないものとなっていた。そこでシドは、彼らを分ける「境界線」をつくり、そして、「権」を、フライング・マンの特権として認めるよう訴えた。フライング・マンの仕事を、完全に決定付けるためにとった策であった。
そして、第2の主人公とも言うべき、リィトムの物語がスタートする。
一般市民(重力区)に住んでいるリィトムは、跳躍することが大好きで、空を飛ぶことを夢見て、フライング・マンに憧れていた。しかし、リィトムの両親や学校の教師は、それでも飛ぶことを止めない彼を心配しているのだった。
ある日、リィトムが境界線付近で飛行機を飛ばして遊んでいたところ、フライング・マンの総帥となったシド(この頃はもう老人)と出会う。そこでリィトムは、世間の目がフライング・マンをどのように見ているのか、それでも自分は空への憧れを抱き続けていることを告白する。
リィトムは、シドがフライング・マンだということを知り、一方、複雑な面持ちのまま、老人シドはリィトムと再会する。その現場を、リィトムの母親に見られてしまう。シドはリィトムを連れて、境界線を越えた!そこで彼が見たものは、果てしない宇宙だった。「誰が反対しても、ぼくは(惑星)エデンへ飛ぶ。フライング・マンになるんだ」と、固い決意をしたのだった。
リィトムは、唯一の重力区からのフライング・マン志望者として、日々訓練に励んでいた。しかし、フライング・マンのエリートとなるべく無重力区で育てられた、クウィンを中心とする子供たちからの差別は激しいものだった。
ある日、バイクにはねられそうになった子供を助けようとしたリィトムは、無重力空間ならではの跳躍をしてしまい、地面にしたたかに落下してしまう。介抱してくれたのは、セラピーという少女だった。
無重力区に帰ってきた彼を見つけたクウィンは、彼の荷物の中からセラピーのハンカチを発見、欲しいと切願する。これをきっかけに、境界線を越えた彼ら3人の交流が始まった。
幸せな日々が続くだろうと思われた頃、セラピーの恋人(リィトム)がフライング・マンだということがばれてしまい、猛抗議にあう。シドと出会ったリィトムとセラピーは、クウィンを立会人として婚約を交わす。「見ようと思えば、ふる星のごとく可能性が見える」と悟った彼らであった。
リィトムとセラピーは結婚生活を始めていた。クウィンと共に楽しい時間を過ごす日々。「無重力区にも女性がいてほしい」と言って、どうするべきか民主的活動を展開させようとする若いフライング・マンたち。シドは心底大喜びだ。
そんな最中、市民がセラピーに大変なことをしてしまった。クウィンは彼らに対し「謝罪と、境界線排除に合意すること」と文書をたたきつける。
その時、宇宙船エデンも大変な状況に陥っていた。未知の腐敗物質によって、船が損傷を被っていたのだ。修復のために、船外活動をするリィトムとクウィンたち。だが……酸素供給が終わる合図を鳴らさなかったリィトムの宇宙服。彼は、死んでしまったのだった。
葬儀の場で、シドは、「境界線をつくった後悔を洗い流してくれた」と、リィトムに対する感謝の気持ちを述べる。そのとき、大勢の市民が押し寄せてきた。手に持っていたのは、弔いの花だった。
そこでシドは、目前に迫りつつある、惑星エデンの太陽の姿を公開する。長年に渡る、人々の「境界線」は、崩れ去っていったのだった。
クウィンとセラピー、そしてリィと名付けられたセラピーの子供とシドは、とある酒場で休息をとっていた。そこでシドは、「あの事件」後に取られた写真が店に貼られていることに気付く。しばし、シドは若かりし頃の自分の張り詰めた表情を見ていたいと思う。
エデンの存在を近くに感じているせいか、重力区からのフライング・マン志望者が増えてきている。