| 2006/12/9 レポーター:浜岡 |
オルダス・ハックスリー『すばらしい新世界』
【著者紹介】
Aldous Leonard Huxley(1894-1963):英国サリー州ゴダルミング生まれ。当時人気のあった教養雑誌『コーンヒル・マガジン』編集長・言語学者だったレナードの三男として生まれる。名門パブリック・スクールのイートン校に進学するも、失明に等しい角膜炎により中退(これにより兵役を免除、1914-18年の第一次世界大戦を免れる)オックスフォード大学ベリオル・カレッジで英文学を学び、1915年優等で卒業。イートン校で教師を務めるも早々に退職。その後は作家・評論家として活躍。『クローム・イエロー(1921年)』で戦後世代として頭角を現し、『道化おどり』『くだらぬ本』『対位法』などを発表。1937年より米国ロサンゼルスに移住。その死まで定住する。
父方の祖父はH.G.ウェルズの師であり、「ダーウィンのブルドック」として活躍した初期の進化論者トマス・ヘンリー・ハックスリー、母方の祖父は著名な詩人だったマシュー・アーノルド、兄に同じく生物学者のサー・ジュリアン・ハックスリーがいる。 1932年に発表された本作『すばらしい新世界(Brave New World)』は、代表作とされ、『猿と本質(1949年)』『天才と女神(1955年)』、遺作となった『島(1960年)』と共に、空想的小説と位置づけられている。続作(ただし評論)として『すばらしい新世界再訪(1955年)』がある。1980・1998年にテレビ映画化されているみたい。 ハックスレー、ハクスレー、ハクスリーなどの表記あり。 【作品概要】 フォード紀元632年、世界は「安定」を至上とし、適切な階級と職業の配分によって統治される社会となった。人は人工孵化で生まれ、薬物投与によって知能や外見の異なる「階級」が作られる。産まれた子供は条件反射やすり込みによって「教育」され、「快適」のための大量生産と大量消費が美徳とされる。「万人は万人のために」生き、日々の生活の苦痛はソーマというドラッグと、感覚的な娯楽、無規制な性愛で緩和される。 エリートでありながら外見に劣り、「新世界」におけるイレギュラーであったバーナードは、蛮人保存区で新世界からの遭難者リンダと、その息子であり旧世界の知識を得て育った青年ジョンと出会い、彼らを文明の中心ロンドンへと連れて行くが… なお、本作のタイトルはジョンが「新世界」の話を聞いて引用するシェイクスピア『テンペスト』の一節(How beauteous mankind is! O brave new world, that has such people in't!)による。 【登場人物】 ・バーナード・マルクス(Bernard Marx) 階級:アルファ・プラス ロンドン中央人工孵化・条件反射育成所職員。成長過程で事故を得たことから、アルファ階級に似合わない外見・体格の「とてもぶおとこ」。ゆえに孤独を感じ、他者と違った考えを持つことでヘルムホルツと意気投合するが同時に劣等感を抱く。普段はフォスターらにいじられ、レーニナにかなわぬ恋心を抱く非モテ窓際族。中盤のジョンの物珍しさをだしに女をあさる時の得意ぶりは見るに耐えないほど痛々しい(‘A`) ・ヘルムホルツ・ワトスン(Helmholtz Watson) 階級:アルファ・プラス 情緒科学大学創作学部講師。広告の天才にしてイケメン。あまりに有能で精力的すぎるゆえに、孤独感や現状への疑問を抱き、バーナードと意気投合する ・レーニナ・クラウン(Lenina Crowne) 階級:不明(ベータ・プラスと思われる) バーナードの同僚。美人で超モテ、ふんわりした(pneumatic)女の子。しかしバーナードいわく「自分自身を肉かなんかのように考えている」。今の世界に疑問なく順応しているが、変人バーナードや、蛮人ジョンに憧れを抱く。どうでもいい話として、B級アクション映画『デモリション・マン(1993年)』のヒロインとして、レーニナ・ハクスリーというキャラクターが登場する。 ・ムスタファ・モンド(Mustapha Mond) 階級:不明(アルファ・ダブル・プラス?) 駐在西欧世界総統(Resident World Controller for Western Europe)。世界に十人しかいない世界支配者の一人。もと物理学者。 ・ジョン(John the Savage) 蛮人保存区に取り残されたベータの女性リンダとバーナードの上司、トマキン所長の息子。シェイクスピアをそらんじ、母から聞いていた文明世界にあこがれを抱く。 【キーワード】 @フォード(Ford) ―フォードの先駆性は、技術の革新や合理化につきない。「私は、自動車の製造業者というよりは、むしろ人間の製造者である」というフォード自身の言葉が示すように、フォーディズムの特徴の一つは、その労働者管理の方式にもあった。家庭生活・近隣生活を含む幅でとらえ、彼らを市民として教育することで理想的なアメリカ人をつくりだすことに力を注いだ。(古矢、90ページ) 本書の世界はT型フォードの発売された1908年10月1日を出発点とする。「大量生産・大量消費」「統制と管理」「ベルトコンベア」などなど、本書のモチーフとして用いられる点は多岐に渡る(原著ではJesus、Godに相当する感嘆詞に”Ford!”が用いられている)。また、フォードは当時破格の高給で労働者を勧誘したが、それは、生産ラインでの単調な労働に耐えることの代償であり、厳格な生産規格を維持する手段だったとも評される。 A人工出産、階級、ボカノフスキー法(Bokanovsky) フォーディズム世界を補填するために家族は解体され、出産・教育の一切は人工的に管理される。また、単一の受精卵から複数の人間を生み出す「ボカノフスキー法」という技術が発明されている。(描写によるなら、ボカノフスキー法を適用される階級は低い階級に限られている模様)人工的調節により、アルファ/ベータ/ガンマ/デルタ/エプシロンの各階級の人間が必要な数生み出され、条件反射やすり込みを通じて階級に適した人間形成がなされる。社会に出ても階級ごとの職業は定められており、服の色で見分けがつく。 *能力とは無関係に、エプシロンが外見的に醜悪であり、アルファは美しいという描写は興味深い Bフリーセックス 「あの女をここで一口、かしこで一口。まるで羊肉みたいだ。羊肉同然に賤しめていることになる(中略)おお、フォード様、フォード様(‘A`)」本書を解説している書籍やサイトで「フリーセックス」のみを切り離して強調するのはぶっちゃけどうかと思います。 Cソーマ(Soma) フォード紀元186年開発。みんな大好き万能ドラッグ。でもやっぱり身体には悪いみたい。 D蛮人保存区 「新世界」の奇妙さが強調される一方で、ニューメキシコの蛮人保存区(プエブロ族の村落)もまた不清潔で、愚かな世界として描かれる。ジョンが人間性の発露のように描かれるのとは対照的。 【論点・コメント】 ・小説として 第3章・第18章のテンションの高さは白眉。映像的。 ・ディストピア小説として 人間性を喪失していく反全体主義/管理社会小説として読み解く人が多いですが、どうかなと(『1984年』などに比べて管理社会としてはソフト)。むしろ近代性の追及が「幸福」「安定」を至上とした、それにより価値観が大きく変貌している(シェイクスピアの朗読を聞いて、ヘルムホルツが大爆笑するシーンとか)ところが読みどころじゃないかと思います。 ・SFとして読んで、ぶっちゃけどうよ? ―ある意味それはH.G.ウェルズのユートピア思想への一つの回答であり、E.M.フォースターの(中略)過大評価されていた『機械が止まるとき(1909年)』を、その座から追い落とすこととなった。フォースターの世界は、あまりに子宮回帰性が強すぎるのである。(中略)『すばらしい新世界』のほうは、これよりはるかにパンチがきいているし、そこには安易な解決や教訓臭もない。(オールディス、218−219ページ) 【参考文献】 成田成寿編『20世紀英米文学案内 ハックスリー』(研究社、1976年) 古矢旬「アメリカニズム―その歴史的起源と展開」東京大学社会科学研究所編『20世紀システム1 構想と形成』(東京大学出版会、1998年) 萩原眞一「アウラの消滅―オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』」『慶応義塾大学日吉紀要 英語英米文学』37号(2000年) ブライアン・オールディス(浅倉久志ほか訳)『十億年の宴 SF―その起源と歴史』(早川書房、1980年[原著1973年]) 【読書会を終えて】 オーウェルの『1984年』などと共に、まず「ディストピア小説」という位置づけで読まれ ることの多い本作ですが、今回の参加者ではその手の小説を読む人が多くなかったせいか、ディストピアという先入観から切り離して評価した参加者が多かったことが興味深かったといえます。参加者から出された「『新世界』の人々が特に不幸とは思えない」というコメントは、新鮮な印象を受けました。書き手のハックスリー自身はこのような世界に否定的だったことは、後に書かれた「すばらしい新世界再訪」などからも明らかですが、各人の「幸せ」の感じ方次第で本作はそのまま「すばらしい新世界」として認識されもするんですね。 |