2006/5/12
レポーター:豊住
ボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
(『伝奇集』岩波文庫 収録)


あらすじ

 ある時わたしは友人との会話がきっかけで「ウクバール」という古代文明の話を耳にする。しかし手持ちの百科事典にはそれらしい記述がない。一方友人がかつてバーゲンで手に入れた海賊版の事典は四ページ水増しされ、そこにウクバール地方の曖昧な地理と、文化の説明が挿入されていた。ウクバールにはトレーンという架空の地方についての幻想文学が存在し、トレーン地方の文化、言語などが細かに記されている。どうやらトレーンを形作る百科全書的な智を捏造した秘密結社が存在し、偽造百科事典にウクバールの項目を挿入したのも彼らであるらしい。彼らにより作られたトレーン事典はオルビス・テルティウスと呼ばれ、今も現実世界を侵食している。

作者紹介
 1899年アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれる。驚異的な博識で知られる20世紀ラテンアメリカ文学の代表的な作家・詩人・評論家。本を読み過ぎて失明したり性的不能になったりした。内外の文学・幻想小説に大きな影響を与える。ジュディス・メリルの熱心な紹介によりニューウェーブSF作家にも多大な影響を与えた(メリルの年間SF傑作選には「円環の廃虚」が収録されている)。代表作『伝奇集』『砂の本』『エル・アレフ』。またアンソロジストとして幻想的作品を集大成した「バベルの図書館」のような仕事も遺している。

論点
・伝説、神話、博物誌など虚実織りまぜたスタイル、架空の書物の書評(この小説はエッセイ/評論的な形式である、また注釈の効果について注目せよ)

・想像を絶するトレーンの文化
1.ウクバールの異端の教祖の言葉

「それらグノーシス派に属する者にとっては、可視の宇宙は、幻影か、より正確には誤謬である。鏡と父性はいまわしい―宇宙を増殖し、拡散させるからである」

2.トレーンの言語
「「現在の」ことばや方言がそれから派生したと推定されるトレーンの祖語には、名詞は存在しない。(中略)一例だが、「月」に相当する単語はないが、スペイン語でなら「月にする」か「月する」に相当すると思われる動詞がある。」

3.「フレーン」と「フレニール」
「トレーンのもっとも古い地方では、失われたものの複製も珍しくはない。二人の人間が一本の鉛筆を捜している。第一の人間がそれを見つけ、何にもいわない。第二の人間がこれに負けないくらい本物らしくて、しかし彼の期待にいっそうぴったりした第二の鉛筆を発見する。これらの第二の物体は「フレニール」と呼ばれ、形がくずれているが少々大きめである。」
「トレーンにおいては事物はみずからを複製する。同様にそれらは、人びとに忘れられると、みずからを抹殺し、細部を消滅させる。乞食が来ているあいだは存続し、彼が死ぬと同時に消え失せた戸口は、その古典的な例である。」