2006/3/3
レポーター:廣井



早川書房
発売日:2005-09-22


グレッグ・イーガン 『ディアスポラ』  


<作者>
グレッグ・イーガン(1961−)。
 オーストラリア、パース生まれ。西オーストラリア大学で数学の理学博士号を取得。病院付属の研究施設でコンピュータ・プログラマとして勤務後、専業作家となる。子供の頃からSFを読み、50年代の黄金時代作家から60年代のニューウェーヴ作家が守備範囲だったとか。その後、一時主流文学に興味が移るが、グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』をきっかけに再びSFに惹かれはじめる。92年『宇宙消失』でキャンベル記念賞を、その他中短編では2年連続ヒューゴ賞、3年連続星雲賞を受賞している。(「宇宙消失」解説より)


<あらすじ>
第一部
 1章では<創出>によって、主人公ヤチマが生み出されてから自我を持ち一人の市民となるまでの過程が、2章では数学にはまるヤチマの姿が描かれる。3章はヤチマが友人のイノシロウと共にポリスの外の現実世界を旅し、架橋者であるオーランドやその妻リアナと出会う話。

第二部
 グレイズナーのカーパルが月面上の重力波検知器<テラゴ>でトカゲ座G−1の中性子星の連星系が異常な挙動を示していることに気付く。連星は衝突を起こし、その結果生じたγ線バーストによって地球や現実世界で生きていた肉体人達は壊滅的なダメージを受ける。ヤチマとイノシロウは警告のため再びアトランタを訪れたが結果的にはオーランドをはじめとする十数人の肉体人だけしか救うことができなかった。

第三部
 ガブリエルとブランカが中心の話。トカゲ座の一件に加えて<長路>における実験の失敗から万物理論であると思われていたコズチ理論の信憑性が疑われ始める。最後の章は《ディアスポラ》後の話。恒星間飛行中の《カーター-ツィマーマン》ポリスでブランカがコズチ・アバターとの会話からコズチ理論の発展モデルを考え出す。

第四部
 コズチ理論の抱える問題点を解決する方法を探すため、ポリスのコピーを千個つくり、それぞれ別の銀河に向けて派遣する《ディアスポラ》計画が発動する。11章「ワンの絨毯」はオーランドの息子パオロが主人公。惑星オルフェウスの海の中に知的生命体と思われるものが発見される。一見何重にも折り重なったシート構造をしている多糖類に見えたその生物は、実は万能チューリングマシンのような機能を備え、その内部には16次元の仮想現実空間と知的生命が存在した。《ディアスポラ》計画が発見した最初の知的生命体は生物学的コンピューター内に住む16次元の存在だった。

第五部
 第四部とは別のコピーの話。惑星スウィフトに存在する元素はなぜか安定なものの中では最も重い同位体だった。何らかの知性体が故意に元素を変性させたものであるという推測がなされ、スウィフトの調査が開始されるが、変性させたもの(トランスミューター)の姿は確認できなかった。ヤチマは同位体内の中性子にトランスミューターが残した情報が隠されていることに気付き、将来起こるであろうコア・バーストの存在や、より上位の宇宙へ移動するためのワームホールの制御法を解読する。

第六部
 トランスミューターを追って、上位宇宙(マクロ球,U*)へ。U*で最初に立ち寄った惑星ポアンカレの生態系における中心的存在は五次元ヤドカリだった。そのヤドカリさんにトランスミューターの行方を聞き、《カーター-ツィマーマン》ポリスの旅はさらに上位にある四次元宇宙(U**)へ。

第七部
 架橋者であるが故に五次元存在となった自分のクローンと融合し、旅を終えることを望んだオーランドをU*に残し、《C-Z》ポリスはU**へ旅を進める。U**につくとすぐに《C-Z》ポリスは、トランスミューターとは別の文明(星歩き)が作り上げた非知性ソフトウェアと接触する。そのソフトウェアはトカゲ座G−1で起こった現象を説明し、コア・バーストによる新たな時空の創出などの真理を語る。

第八部
 パオロとヤチマはトランスミューターの残した痕跡を追い何段階もの宇宙を移動し、ついにトランスミューターの遺物がまったく無い空っぽの恒星間宇宙にたどり着く。そこでパオロは今までたどってきた遺物こそトランスミューターのポリスであったことを悟る。パオロは自分の人生は完結したとして機能を停止し、残されたヤチマはまた別の探査を始める。


<感想>
 ホントは第一〜八部についてそれぞれ感想とか書きたかったけど、あらすじ書きながら読み返してたらもう疲れちゃったから、全体を見まわして持った感想や好きなところをいくつか……。

・相互理解の困難
 ファーストコンタクトものとかSFではよくある話ですけどね、まったく違う文明、文化を背景とした精神構造(もしくは考え方、事象の捉え方まど)の違いからくるディスコミュニケーションな話が好きなんですよ。本編でいえば主に第二部あたりのところですけど、それ以外でも小さなディスコミュニケーションは作品全体を通していたるところにある(イノシロウとヤチマの別れ、オーランドとパオロの別れ、パオロとエレナの別れとか)。こういった嗜好が、僕がエ○ァやSE○Dを好む理由なのかも。

・ディアスポラキャラって波動関数チック
 何体ものコピーに分かれてそれぞれが別の人生(可能性)を歩んでいる登場人物たちの姿は量子論の確立波という概念とかぶる部分があるように感じられる(イーガン→宇宙消失のイメージがあるのかも)。最後パオロが自分の人生を演じきったとし、完結するところが波動関数の収束による確立波の消滅に見えたり、見えなかったり。このイメージを推し進めていくと最終的には完結による消滅やコピー同士による同化が繰り返され、一体に収束するような人生像が想像されるが、本編ではあらゆる可能性を演じきった後には、すべての完結しかないようなことが示唆されている(トランスミューター)。

・フラクタル
 解説で指摘されていて気付いたんですけどね。最初の小惑星→γ線バースト→コア・バーストだったり、ポリスが絨毯の中身を解析→偶発事態対応系がポリスを解析だったり、4次元と6次元が交互に連続する宇宙像だったりがお気に入り。


<話題>
・これでいいのかハードSF
 「宇宙消失」、「順列都市」、「万物理論」と徐々に敷居が高くなっていき、ついに来るとこまで来てしまった感のある本作。ここまで高度な理系思考や専門用語を使われると、それ抜きに楽しめる部分があるとしても投げてしまう読者もいるでしょう。「ブラッド・ミュージック」の読書会のときにも少しそんな話が出ましたが、現状のSFがおかれた状況を鑑みるとSF作家やSF読者のあり方は変わっていくのかもしれませんねぇ。

・どこにSF的面白さを感じるのか
 この作品、内宇宙と外宇宙だのファーストコンタクトだのコピーのアイデンティティだのとSFでよくあるテーマがとにかくたくさん詰め込まれている。ゆえに人それぞれ「ディアスポラ」の見え方は違ったものになっているはず。ディアスポラはどこが面白いのか、どこが評価できるのか、ディアスポラの見所を主張してみましょう。

その他、個人的感想、好きな作中人物、指摘したいところ等なんでもどうぞ。