| 2006/2/16 レポーター 高橋 |
大槻ケンジ「くるぐる使い」 1.作者紹介 大槻ケンヂ(1966年2月6日生まれ)は、ロック歌手、作家。愛称は「オーケン」、自称・史上最弱の空手家、ハードロッカー。日本SF作家クラブ会員。東京都出身。東京国際大学中退。本名は大槻 賢二(おおつき けんじ) ロックバンド筋肉少女帯の元ボーカル。筋肉少女帯脱退後、新バンド・特撮として活動を行っている。 小説に『新興宗教オモイデ教』『グミ・チョコレート・パイン』、『ステーシー』などがある一方、『オーケンののほほん日記』雑誌『ぴあ』などのエッセイを多く著しており、一般には小説よりもエッセイのほうが有名になっている。 また、サブカルチャーに精通しており、多くの著作がある。特にUFOに関しては本人もマニアを自称するほど詳しい。また大の江戸川乱歩ファンでもあり、NHKの江戸川作品考察番組にも出演(2005年)している。(wikipedia) 「くるぐる使い」はSFマガジン93年8月号初出、第25回日本SF大会日本短編部門「星雲賞」を受賞した。「のの子の復讐ジグジグ」(1995年)でも第26回日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。 2.あらすじ 末期患者である波野は死期を悟り、親身になってくれたドジッ娘看護婦のあやに懺悔を始める。 波野の生まれた村は貧しく、波野は生きるためにどんな悪事でもかまわず犯した。あるとき、波野は縁日で「くるぐる使い」に出会う。くるぐる使いとは大道芸の一種でくるぐる(狂人)を見世物にして金を取る芸である。といってもただ狂いぶりを見せるのではなく、一部の狂人が持っているとされる、読心術や予知能力といった不思議な力をくるぐる使いの口上に合わせて見せるのである。波野はくるぐる使いに弟子入りし、くるぐる使いの技を身につける。 くるぐる使いとなった波野は師匠の金を持ち逃げし、自分のためのくるぐるを探す旅を続け、ある村で美那という少女に出会う。美那には他人のトラウマを言い当てる能力があった。美那は多少頭が足りなかったが、狂人というわけではなく、母親は美奈を波野に売りとばす際に結構な金額を要求してくる。そこで波野は母親から安く買い取るために、「くるぐるづくり」によって美那を無理やり狂人にしてしまう。 美那を使って各地でくるぐる使いの芸を行い評判になった波野は、誘われるままにあるサーカス団と共に興行を打つようになる。仕事は順調だったが、だんだん美那から力が失われ始める。波野はそれを美那がサーカスの一員のロビ男に惚れてしまったせいだと思い、争いの末もロビ男を殺してサーカスに火を放つ。美那はロビ男を助けるため火の中に飛び込み、命を落とす。 しばらくして、波野は美那の母親の元を訪れ、美那の死を報告する。そこで波野は美那が母親に送っていた手紙から、美那が自分を愛していたことを知る。あの日、美那は波野を助けるために火の中に飛び込んだのだった。波野は一人でコックリさんを行い、自分もまた美奈を愛していたことに気付く。 以上のことをあやに語り終えた波野は3日後、穏やかに死を迎える。 3.用語or設定 ・くるぐる 狂人のこと。彼らの一部は読心術や予知能力などのいわゆる超能力を持つものがいる。シャーマンと呼ばれるものの多くは実はくるぐるだったらしい。確かに狂人というのは時に変な迫力がありますから。あと、男に惚れるとくるぐるは力を失ってしまう。やっぱ巫女さんは処女じゃないと駄目なんですね。 ・くるぐる使い くるぐるを見世物にする大道芸。なんというか、ド外道。でも興行師ってのは得てしてそういうもんですよね。昔の万博ではどっかの未開の部族やらフリークスを見世物にしたとか。 ・くるぐるづくり 相手をくるぐるにするために、そいつのトラウマを攻め立てるなどして精神的に追い詰め、強制的に発狂させること。なんというか、腐れ外道。波野はコックリさんを使って美那の深層意識を引き出しました。 しかし、そんな簡単に発狂するもんかね?一応、美那がもともとアレ気味だったというフォローは出来るんですが。薬物投与とか物理的な方法ならまだ説得力があるかな。あるいは「精神崩壊」といった方が今っぽいかも。 4.論点 @用語or設定 非常にファンタスティックだと思うんですが、どうでしょう? A狂気、発狂、精神病 ・正常と狂気の線引き 人間の定義。知能が低いと人間ではない?それとも「障害者」として保護の対象。 ・先天的or後天的? 知能障害or後天的にショックを受け、発狂。あるいは両方。 子供を亡くした母親が発狂とかいう話をよく見ます。 ・精神病 鬱、神経症、パニック障害、統合失調症など。痴呆やアルツハイマーは? ・麻薬や瞑想によるトリップ体験 ・理性の不適応状態 「気が狂う」「頭が狂う」というのは理性が社会に対して不適応状態になることではないかと。我々は普段は様々な因果律を頭に入れて暮らしているわけですが、発狂するというのはそれらがうまく理解できなくなる状態を指すのではないかと。 Bオカルト ・無力感やルサンチマンがオカルトに向かうとか。 ・弱者の願望充足。だからこそハマる。 ・あるいはそれが分かっていて楽しむ。エンターテイメント化された宗教。プロレスみたいなもの。 ・最近はあまり流行らない? 現代の不思議少女はどこに向かってるんでしょ? ・ファンタジーとオカルトの違い→現実と捉えるかどうか? 5.個人的感想 ・ストーリーは割りとどうでもよくて、「くるぐる使い」や「くるぐるづくり」といったアイディアが非常に面白いです。狂人を見世物にするとか無理やり発狂させるとか、外道っぷりが堪りません。 ・38ページのゴルゴダ坊やの話がお気に入り。 ・『純粋理性批判』を読んでて気が狂いそうになった覚えがあります。普段は当たり前のように受け入れているものを当たり前でないといわれると非常に頭が疲れます。それが「火星人は実在する」とか外部のことだったら特に疲れるということはないんでしょうが、事がそれを使って考えているはずの自分の脳や理性に及ぶとショート気味になります。読むと気が狂うとか言われている小説(『ドクラマグラ』とか『死霊』)は別になんともなかったんですが、哲学系は効きますね。 6. 読書会のまとめ ・オカルトとは何か? 扱っているガジェットによって定義される。→ wiki ・それらのガジェットの特徴 ただ不思議な現象が存在するというだけの主張と、不思議な力があり自分たちがその力を身につけているという主張とに分けられる。 オカルト小説の場合、主人公たちが何らかの不思議な力を持っていることが多い。これらの主人公たちに憧れた読者がオカルトにハマっていき、サイコさんに成長していったのではないかと。 ・オカルトファンの特徴 社会不適合者が多い。 現行の社会になじめないので、オカルトによる価値転換を図る。 オカルト的価値観によるアイデンティティの保障、確立。 ・オカルトの衰退 広がりすぎたために、逆に白けていった。 支えていた世代が大人になった。 オウム事件などの影響? 時代にそぐわない? ・現代のオカルト 現代の社会不適合者たち、不思議少女たちはどこへいったのか? →リスカ、ゴス、コスプレ? →昔(80年代、オカルトが流行った頃)と今の社会不適合者では置かれている状況が違う。よって、抱えている問題や願望も解消すべきコンプレックスも違う。 →現代では社会不適合者の認知が進んでいる。鬱病や神経症などの精神病、不登校やひきこもりなどへの理解が十分ではないにしろ浸透し、多少は状況が改善している。よって、オカルトは必要ないというのは言い過ぎだが、心理的圧迫が少なくなったことは事実。 →この認知の中に「オタク」も入る。オタク的文化が形成され、それに溶け込むことで社会不適合者がある程度は社会化する。適当にオタクやってればそこそこ幸せ。という意見が主になっちゃったんだけど、なんか自己肯定的で嫌。 →高度資本主義社会。そのシステムに反発するような人間でさえ、自身の論理で自身の中に取り組むことが可能なシステム。それは単なる福祉国家以上のものなので、超高度資本主義社会といえるかも。今の世の中というのは高度資本主義社会が超高度(あるいは修正)資本主義社会になっていく過程なのではないかと。 個人的にオタク的な消費行動というのには反発があるんですね。そんな読み方してて面白いんでしょうか。彼らがその適当な読書で得る快感より、オカルトファンがオカルト小説を読んで得ていた快感の方がずっと大きかったのではないかと。私はそれが単純に羨ましい。まぁオタクの読書というのはオタク的消費行動の一環であって単純な「読書」とは別のものなんでしょうが。 |