DATA

開催日:2005/11/23
レポーター:高橋
課題:アタゴ・クリストフ『悪童日記』

RESUME

アゴタ・クリストフ『悪童日記』

 

0、課題
アゴタ・クリストフ『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)2001(初出1986)

1、作者紹介
 1935年、ハンガリーに生まれる。1949年、寄宿舎に入る。数学好きの文学少女だったらしい。1953年、自分の歴史の教師と結婚、出産。子供は託児所に預け、工場で働く。1956年、ハンガリー動乱。夫が活動家だったため、家族で西側に亡命し、スイスに移り住む。再び女工となり、貧乏暮らし。1960年、離婚し、念願の大学に通い、すぐさま再婚。以後、子供3人の面倒を見つつ本格的な執筆活動に入る。60年代まではハンガリー語で書いていたが、70年代からはフランス語で書き始める。1986年、処女長編『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)が刊行され、続編『ふたりの証拠』(1988)『第三の嘘』(1991)の3部作は世界20カ国以上で翻訳される大ベストセラーとなる。他に小説第4作『昨日』(95)、戯曲集『怪物』『伝染病』がある。
個人的には『悪童日記』のみの一発屋だと思ってます。続編はあまり面白くないです。

2、あらすじ
 時代は第二次世界大戦末期から戦後にかけての数年間、場所はおそらく中部ヨーロッパ、その当時ドイツに併合されていたオーストリアとの国境線に近いハンガリーの田舎町。ある双子の男の子が母親に連れられ、祖母の家へと疎開してくる。母親は帰ってしまい、双子は祖母と三人で暮らすことになる。祖母は町の人から「魔女」と恐れられる因業婆だったが、双子はそれ以上にブチ切れた「恐るべき子供たち」だった。双子は戦時下の過酷な状況の中で様々な悲惨な目にあうが、持ち前の才能・精神を発揮し、文字通り一心同体でたくましく、したたかに生き延びる。

3、登場人物
・ぼくら…本作の主人公。美少年で双子。10〜12歳? 詳しくは後述。
・おばあちゃん…因業婆。夫を毒殺。町の人からは魔女と呼ばれる。
・おかあさん…割りとまともな母親?「ぼくら」の眼前で赤ん坊と共に富野的爆死を遂げる。
・おとうさん…捕虜として囚われ、戻ってきたら妻は死んでおり、しかも別の男の子供を産んでいたという悲惨な人。ラストで「ぼくら」に利用され、ガルマ的爆死を遂げる。ますますもって悲惨。
・兎っ子…「ぼくら」の隣人。貧しい暮らしの中、一人で母親の面倒をみており、獣姦を嗜む。終戦後、ソ連兵10人以上を相手にして腹上死。
・偽従姉…ユダヤ人。アカ。
・将校…ゲイ。ショタ。ドM。ゴールデンプレイまでこなすマルチプレイヤー。
・従卒…喪男オーラが出ているが、双子には優しく、女中とうまくやったりもするナイスガイ。
・司祭…ロリコン神父。「ぼくら」に恐喝される。
・女中…教会で働く女中。Bitch。「ぼくら」に殺されかける。
・靴屋…ユダヤ人。ホロコーストの犠牲となる。

4、歴史的背景
ハンガリー。ドイツ・ファシズムの支配から、ソ連・共産党の支配へ。
第二次世界大戦で枢軸国側について敗戦、ソビエト連邦に占領された。戦後はソ連の影響下で共産主義国ハンガリー人民共和国として再出発し、冷戦体制の中で東側の共産圏に属した。しかしソ連に対する反発も根強く、1956年にはハンガリー動乱が起こるが、ソ連に鎮圧されてしまった。その後、冷戦終結まで民主化は進まず。

5、文体
@「ぼくら」の書いた62章の作文という形式をとる。

A感情を排した即物的な文体。
「良」か「不可」を判定する基準として、ぼくらには、きわめて単純なルールがある。作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。(p.42)
感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり物事の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。(p.43)
→どういう効果があるのか?
(読書会で出た意見)
・スピード感がある。
・いきなり残虐シーンが来るので衝撃的。
・行間を読む。書かれていない感情を想像する。

Bサルトルの「実存は本質に先立つ」に対応。
その結果、彼女のテクストにおいては、事象はいかなる形においても主体の内部に呑み込まれることのない客体である一方、作中人物は、ある感情の束でも、ある観念の化身でも、ある心理状態の形象でもなく、したがって所与の事態に対する行動以前には無であって、まさに自由な主体としての行動によってのみ自己のアイデンティティーを定義し、更新していく存在として現れる。(解説、p.296)

6、テーマ
あらたな倫理観の確立。
その結果、読者は子供に特有の「無垢」な目を通して、一連の極限状態に出会い、そこにおける少年主人公たちの果敢な行動に、大人の良識を破る、子供ならではの一つの倫理(と著者A・クリストフが考えるもの)の実践に立ち会うこととなる。(解説、p.292)

☆そういう側面もあるだろうけど、個人的には、戦争はもう終わっているし、著者は大人になっているので、あらたな倫理観の確立というよりは著者の理想の子供時代・人生を描いたナイーブな妄想爆発な作品だと思う。

(読書会で出た意見)
・社会一般の倫理と「ぼくら」の倫理は違う。

7、「ぼくら」とは何者か?
@理想像。
こうして、「ぼくら」は、外界に圧し潰されないだけでなく、いっさい取り込まれることがない。感受性のない怪物だからではない。生まれながらの超人だからではない。そうではなくて、どんな状況下であくまで自分たちの目で物事を見、自分たちの頭で考え、自分たちの決断によって行動するからだ。「どんなことも絶対に忘れない」、「絶対に泣かない」、そして「絶対にお祈りをしない」強固な「個」を鍛え上げているからだ。(解説、p.298)
なるほどこの「個」は、いわば心臓まで武装している。生き抜くために必要な残酷さとしたたかさを身につけている。しかしそれでいて、ニヒリズムによって武装しているのではないし、ナルシスティックに他者への窓を閉じているのでもない。物語の随所で読者は確認するはずだ。「ぼくら」が絶対的なある一点(生命尊重などという一点ではない!)で、人道に絶対的に忠実であることを――。「おばあちゃん」や「将校」のような他者、欺瞞的でない人間には、暗黙の内に友情を抱いて親しむことを――。(解説、p.299)
→どの一点だよ。
(読書会で出た意見)
・利己的なものではない。むしろ利他的な面が目立つ。
・明確に定義できるものではなく、5の実存主義と同じく、更新していくもの。

Aなぜ双子?
まさにその点だよ、その点が異常なんだ。あの二人は考えるのもいっしょ、行動するのもいっしょだ。二人で、まわりから隔たった、特殊な世界に生きている。彼らだけの世界だ。ああいうのは健全じゃないよ。不気味なほどだよ。うん、実際あの子たちの様子は、おれには不気味だ。とにかく変わっている。いったい何を考えているのか、外からはまったく測り知れないんだからな。年の割りに、あまりに大人びているよ。ものを識りすぎているよ。(p.34)
→ラストで別れたのはなぜか?
(読書会で出た意見)
・二人の成長を表す。
・特に意味はなく、衝撃的なラストにしたかっただけではないかと。双子なのも一人称複数形の語りが珍しかったから、実験的にしてみただけではないかと。

8、なぜ面白いか?
(個人的意見)
Enfant Terrible。
双子の悪童っぷりが面白い。負のカタルシスを味わうもの。悪徳。
・子供にもかかわらず、大人以上の能力→アイロニー。
・文体。感情を描かず、いきなり悪行→不気味さが増す。
の組み合わせにより、カタルシスが増すという演出。

COMMENT

9、その他、読書会で出た意見。
・戦争中は子供も大人として行動することを望まれていた。
・この時代、大人になるということは戦争に行って人殺しをする兵士になるということ。
・「肉体・精神の鍛錬」で身体や言葉の意味をはぐ。既存のシステム=戦争を行うシステムに対する反抗。
・ジャンル批評。他の戦争モノと比較してどうか。
・名前のない「ぼくら」である理由。匿名による普遍性。『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』も同じ形式。
・「ぼくら」の作文として書かれているので、全てが事実ではなく作為的な部分もあるのではないか?
・続編を読んでいるとニヤニヤしてしまう意見が多かった。

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