開催日:2005/5/4
レポーター:出口
課題:安部公房『箱男』
RESUME
安部公房『箱男』(新潮社文庫)
・ あらすじ
男がすっぽりと箱をかぶり、身体を社会から隠蔽する。すると男は箱男となり、社会にその身を置きながらも一切の帰属を捨て去ることが出来るのだ。そんな「箱男」が徐々に増え続けている世界で、ある「箱男」の視点によって綴られる物語。その箱男は、とある女性に箱を売って欲しい(捨ててくれれば良い)と持ち掛けられる。結局女性は看護婦で、勤める病院の医者(後にわかるのだが、この医者は無免許のモグリ)に頼まれて動いていた。この医者は、かつて上司だった軍医(現在は麻薬中毒患者)を箱男に扮装させて殺すため、一人箱男が消えることを必要としたのだ。色々葛藤(それと妄想)があった後、箱男は看護婦を好きにしていいことを約束されて箱を捨て、医者は箱にその身を隠し贋箱男となる。しばらくして看護婦は出て行き、残された男(元箱男)が物思いに耽って物語の幕は閉じる。
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも 何をされたのか わからなかった…(ポルナレフ)
・ 作者紹介―――安部公房(1924−1993)
1924年生まれ。成城高校から東大医学部へ行くも、大学では殆ど無為に過ごす。1947年に『無名詩集』自費出版。同年、長編小説『終わりなき道の標べに』を友人に見せる(翌年発表、出版)。東大医学部を48年に卒業。51年『赤い繭』で戦後文学賞、『壁』で芥川賞を受賞。63年には『砂の女』で読売文学賞受賞。同作品は翌年映画化され、カンヌ映画祭賞、サンフランシスコ映画祭外国語部門銀賞等を受賞し、各国で翻訳されることとなる。まだまだ文学、映像、演劇等で賞を獲得しているがここでは割愛。若い頃は根っからの左翼で活動派。歳を取ったら落ち着いて、演劇を愛する文学者になる。ノーベル賞を取るんじゃないか、といった噂が立つなど世界的に評価が高い作家。
・ 注目した点、聞きたい点
箱男とは何か―――自我との境界線の拡張?それとも・・・
メタ構造とマルチビューについて―――リアリティー(リアルではなく)のため?
p20「目のまわりに、赤からはじまる虹の七色で、しだいに広がる輪を描いた。」
―――何故?箱内部での自由の確認?
p45「――私、あの箱がほしいの」
―――何故?見られても平気な人間なはず。強がりだったのだろうか?
p63〜p64 覗くことへの固執・・・傍観者としての視点
「見られない存在」としての箱男か、それとも「一方的に見る存在」としての箱男か?
p91「なにか自分の持物につかまっていないと、風に吹き飛ばされそうで不安なのだ。」 ―――自己の規定やアイデンティティを所有物で確立しているのだろうか?
p108 「彼女が、もし、本気で僕を知りつくそうとしてくれるつもりなら・・・(中略)・・・
たしかにもう箱なんか無くてもいい。」
◎ ズボン社会・・・脚と性器を隠す⇒その意味は何か?脚のこだわりについて。
◎ 担保になるほどに信用できる職や名前の普及への言及は、何を言いたいのか。
p174 「そこで、考えてほしいのだ。いったい誰が、箱男ではなかったのか。誰が、箱男になりそこなったのか。」
◎ 安部公房を、また、箱男をどう評価するか。貴方は箱男ではありませんか?
・ レポーターが気付いたこと、感じたこと、妄想したこと
p44付近 カメラマン=写真を取るのが目的→「見る」ために「見られない」存在へ
p48〜p52 贋魚と箱男の対比・・・箱男は自由だが、主体的行動を取ることは出来な
い。(社会から干渉されず、干渉もできないため。覗くことは出来る。)
※貝殻草の貝殻は箱のイメージ。p58にもヤドカリと箱男の対比あり。
p88 目玉が落ちる夢→「一方的に見る存在」からの転落の恐怖
p95 「人はただ安心するためにニュースを聞いているだけなんだ。」
→社会と関わることを目的とするのは幻想だろうか?箱男的思考に感じられる。
p99 「見られているのもぼくだが、見ているのも同じぼくなのだ」
→箱男自身の均質性。箱男は交換可能?
◎ 写真にすると箱男を認識できる⇒カメラも風景を均質化する
◎ 脚の描写が多い⇒(設定的には)覗き窓の構造のせい
⇒(筆者の狙いは)看護婦の匿名性、箱男との心理的距離を読者に
刷り込ましている。
・ 面白い引用
昭和44年ユリイカ8月号より、インタビューの中での安部氏自身の言葉を引用
『箱の中の男には実態というものがありません。ただはこの内側から世界を覗き見るだ
けです。外の人々は彼のことをただの箱だと考えて、人間だとは思っていません。だ
からこそ、この作品では見られることと見ることの関係が重要なモチーフとなるので
す。』
『僕が『箱男』の中で読者に伝えようとしたのは、箱の中に住むことはどういうことな
のかと考えてもらうことでした。』
『説明文は必ずしも写真を説明しているのではありません。それらの詩が主張している
ことがあるとすれば、ぼくが写真は全体として詩であるべきだと思っていることで
す。』
『詩と比べると小説にはある種の要素がある。その要素とは、小説の「眼」の機能です。
その眼が直視するのは、詩的なものと詩的でないものとの間の領域です。』
『一方ではある対象は簡単に意識を通り過ぎて行きます。でも他方では通過しないで引
っ掛かってしまう対象もあります。あるときには大賞は意識の中にあるものと同一視
することが出来ますが、別なときにはそれは意識にとって障害物と見なされます。こ
の両極端のあいだを直視するのが、小説の役割です。』
・ おまけ―――安部公房のSF観やSF名言
〜安部公房著「砂漠の思想」講談社文芸文庫、1994年初版より
『一般にSFを、仮説の文学だと考えても差し支えないのではあるまいか?』
『つまりこの恐るべき怪物も、じつは人間の愛と孤独をさぐるための、仮説に他ならな
かったわけである。』(小説版フランケンシュタインについて)
『ウエルズの著作の目的は、つねに文明批評を行うことにあったから、『透明人間』も
当然一種の仮説であり、人間関係における「見る」と言う行為の意味が、姿を失っ
た人間の孤独を通じて、かなりのていどまで掘り下げられていた。』
『SFの流行も、これを仮説精神の回復と見るならば、単なる現象をこえた、文学の本
質にかかわる問題であるはずだ』
・ 手元にある本、貸せる本〜興味を持った人へ
安部公房 「箱男」新潮社文庫
「砂の女」同上
「飢餓同盟」同上
「他人の顔」同上
「方舟さくら丸」同上
「壁」同上
「燃えつきた地図」同上
「人間そっくり」同上
「笑う月」同上
「無関係な死 時の崖」同上
「砂漠の思想」講談社文芸文庫
巌谷國士「シュルレアリスムとは何か」ちくま学芸文庫
・ 参考文献
安部公房著「箱男」新潮社文庫、昭和57年初版
安部公房著「砂漠の思想」講談社文芸文庫、1994年初版
ユリイカ昭和44年8月号 「増頁特集 安部公房 日常の中の超現実」