DATA

開催日:2004/11/22
レポーター:エビボクサー
課題:ロバート・A・ハインライン『夏への扉』

CRITICISM

「夏への扉」の向こう側
――ロバート・A・ハインライン『夏への扉』論

However, Pete, being a proper cat, prefers to go outdoors, and he has never given up his conviction that if you just try all the doors one of them is bound to be the Door into Summer. You know, I think he is right.

ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』と言えば、SFの中で名作中の名作といわれ、今でも『SFマガジン』誌上でオールタイムベストを編めば、必ず上位にランクインする作品である。またこの作品を読んでSFを読むようになった、という人も少なからずおり(なんだかんだいって私もそうであった)、SFへの掛け橋「SFへの扉」とでも言うのにふさわしいSFである。この作品を読んだ後には元気が出る、といって推薦する人もいるように、読んでいて非常に楽しく痛快な作品なのだが、ただそれだけで終わるものでもないと常々思ってきた。そこで、この稿ではハインラインの『夏への扉』をアメリカ文学史的に位置付けるということをし、また同時代のSF作家が抱えていた問題も考慮しながらハインラインの作品を貫くテーマと、そのテーマがもたらす効果について考えてみたい。具体的には次の三点を中心に論じていきたい。タイムトラベルSFとして読んだときにある「閉じた時間の輪」の問題、アメリカン・イノセンスとしてのリッキー、「自己信頼」を持つアメリカ的主体、である。

まず簡単に内容を振り返ってみよう。一九七〇年一二月、ダン・デイビスは愛猫ピートともに「夏への扉」を捜していた。エンジニアとして「文化所女中器」(Hired Girl)を生み出しマイルズの協力を得て会社を起こし家事手伝いロボット業界で成功しつつあったダンは、しかしマイルズと会社秘書のベルが共謀して仕掛けた罠にはまり、財産を全て奪い取られてしまった。一度は冷凍睡眠を考えたが、もう一度話をつけに行こうとマイルズのところへ乗り込む。しかし話はどうにもまとまらず、マイルズ達の手によって強引に冷凍睡眠させられてしまう。次にダンが目覚めたのは二〇〇〇年。右も左もわからないままなんとか仕事を見つけ、「文化女中器会社」(Hired Girl. Inc.)の設立者であることを使って会社に入り込むことに成功する。そこで知り合ったエンジニアのチャックから「タイムマシン」の存在を聞き、それを使って過去に行き自分の人生を作り直そうと考える。タイムマシンの発明者トゥイッチェル博士をうまくだまして一九七〇年の五月に行く。そこでジョンとジェニー夫妻の協力を得て、「製図機ダン(Drafting Dan)その他の発明と「アラジン商会」(Aladdin Autoengineering Corporation)をつくり、マイルズとベルが一九七〇年のダンを冷凍睡眠につかせようとしているところへ駆けつけ、「万能フランク」(Flexible Flank)の本体や仕様書をごっそりと持ち去り、マイルズとベルを打ち負かしたピートとともに後にした。すぐ後にリッキーのもとへ行き、事情を話し三〇年後に会うこととその時結婚すること誓い、ダンはピートとともに未来へ二度目の冷凍睡眠に入る。再び目覚めた二〇〇一年、リッキーと再会し結婚、文化女中器会社もアラジン商会も大会社に成長していたが、ダンはささやかながら自分だけの会社を作ってそこで好きな発明をすることで生活をすることを選ぶ。そしてダンが語ってきた物語は終わる。
さてこの小説は、一言で言うならば「ああ、アメリカ的だ」ということになるのだろうが、そうすると問題はなにがどうアメリカ的なのか、に尽きる。そこでいくつかアメリカ文学史上重要な鍵概念をまとめてみることで、アメリカ的なるものを確認してみたい。
アメリカはずっとWASPの国といわれてきた。WASPとはホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略で、アメリカン・マジョリティーとひとまず言えそうである。もちろん今ではWASPが州によってはマイノリティーになるかもしれないという時代であるし、文学やらなにやらも非WASP的流れを発見することが重要視されていたりするので、WASPばかりを持ち上げるのも問題だが、少なくともニューイングランドへの初期植民にはプロテスタント、アメリカの場合はその発展形であるピューリタン思想が重要な役割を果たしたのは間違いがない。一六二〇年のメイフラワー号によるピルグリム・ファーザーズの入植から始まって、ニューイングランドにピューリタン達はアメリカを神から与えられた約束の地と考え神権制社会を築いて来た。
アメリカのピューリタニズムのレトリックとして欠かせないものに予型論(typology)がある。タイポロジーはアメリカへ移民してきた初期ピューリタン達の行動を律していた考え方で、そもそもは旧約聖書と新約聖書の内的連関を見出すためのキリスト教神学における聖書解釈方法である。新約を原型(anti-type)、旧約を予型(type)として、歴史的順序に従えば予型がまずあって原型があるのだが、方法的には新約の原型をもとに旧約の予型を読み込むということをする。例えばキリストや聖人の行動のもととなっているものが予型=旧約にもあるものだ考えることである。宗教改革の時に、比喩と混同されがちなタイポロジーは批判の対象となったが、アメリカへ移民することとなったピルグリム達にとっては事情は少し異なっていた。自分達の移住を神から約束された地への旅として、旧約の「出エジプト記」を予型としてタイポロジー的に解釈し、過酷な植民生活の初期を宗教的連帯感と禁欲的な神権制社会を作ることで乗り越える必要があったからだ。そしてこの予型論的な発想は、救われるものはすでに神によって決まっているとする予定説の立場をとるピューリタニズムと相性は良く、以後アメリカ文学のレトリックの一つとして受け継がれていくことになる。
ピューリタンは禁欲的で質素な生活を目標にし、宗教的想像力は許容するが文学的な想像力は発展せず、楽しみのための文化、娯楽といったものはほとんどなかった。この時代の文学は、したがって宗教的な散文(日記、説教など)となる。十八世紀に入ると、時代は新しい局面を迎える。すなわち啓蒙主義思想の普及である。
啓蒙主義思想とは、ジョン・ロックの経験主義、アイザック・ニュートンの物理学などの哲学・科学の発展によって十八世紀ぐらいからヨーロッパ、やがてはアメリカに広まった思想である。宗教心・信仰心・感情・想像力よりも人間の理性を信頼し、力点をおくことを特徴とし、この啓蒙主義は民主主義・進歩思想・科学なの発展へ貢献した。アメリカにはベンジャミン・フランクリンがピューリタニズムの枠を壊さずにその内容を宗教的信仰から勤勉に交換することで、根付かせることに成功し、後のトマス・ペインの「コモン・センス」やアメリカ独立への動きへと大きく影響を与えた。
この人間理性を中心に据える思想とアメリカ独自の国民性を求める動き(時はイギリスからの独立を果たし、商業的社会制度的に国として整ってきた時代でもある)、そしてアメリカ的想像力(アメリカの大地は人間の想像力を超えたはるかな広がりを、その当時は見せていた)、これら三つが合わさって、アメリカ独自のロマン主義文学運動、すなわちアメリカン・ルネッサンスが花開く。
アメリカン・ルネッサンスとはアメリカにおけるロマン主義の時代であり、ヨーロッパでのルネッサンス=文芸復興とは混同してはならない。ヨーロッパのルネッサンスのように文化的な成熟が見られた、という意味合いで、この名がフランシス・オットー・マシーセンによって一九四一年に名づけられた。時代的にはラルフ・ウォルド・エマソンが牧師をやめた一八三二年から六〇年前後までを指す。フランス革命以後ヨーロッパで盛んになったロマン主義文学と、エマソンらの「超絶主義」(後述)とか混ざってアメリカ独特の文学運動となった。イギリス由来のニューイングランドの「お上品な伝統(Genteel Tradition)」を超絶主義の立場から否定し、「アメリカ的なるもの」を模索、エマソンは「自然」で自然の一体化を言い、ウォルト・ホイットマンは『草の葉』で、アメリカを堕落前のイノセンスなアダム像に重ねアメリカの自然を歌い上げた。
アメリカン・ルネサンスを代表する作家は、エマソン、ヘンリー・デビット・ソロー、ホイットマン、ハーマン・メルヴィル、ナサニエル・ホーソン、エドガー・アラン・ポーなどである。初期ロマン主義にはアメリカの自然を楽観的に歌い上げるものが多かったのだが、後期になるにつれてアメリカ的イニシエーションを模索する作品が見られるようになった。このアメリカン・ルネッサンスを支えた思想に超絶主義(transcendentalism)というものがある。
ピューリタニズムは厳格な信仰であり社会がプリミティブであればうまく機能するのだが、商業的に成功し、社会全体が豊になってさまざまな発見・発明・発展があると、その都度修正を迫られてきた。古くは一六三六年から二年にわたる反律法主義論争(Antinomian Controversy)、一六九二年のセイラムの魔女狩り、一七三四年から始まるジョナサン・エドワーズによる大覚醒運動(The Great Awakening)、などは既存のピューリタニズムの価値観とそれを覆そうとする外部・内部の力との間での爆発の一例といえるだろう。十七世紀に入り啓蒙主義の思想が普及すると、神が全てを決め人間の自由意志の存在を認めない立場であるピューリタニズムの予定説にも修正が加えられるようになった。その一つが聖書主義の立場をとったユニテリアニズムである。聖書を読むときの(人間主体)理性を尊重し、予定説、三位一体を拒否する立場をとった。このユニテリアニズムを背景に、さらなる人間の優位を説いたのがエマソンらの主張する超絶主義である。「超絶」という言葉からもわかるようにカント哲学の先験性(人間が外界を認識する様式は経験を超えたアプリオリなものである)の影響を受けている。エマソンは、周囲の物質界全体・歴史・常識・経験・悟性による認識を超越することが、人間には出来ると説く。そこにはあらゆるものから解放された「個人の魂」があり、それは神と「同じくらい」神性であるとした。神性の精神的具象が人間、物質的具象が自然とし、自然と一体化することの大切さも強調した。このように自己を世界を理解する上での根本に据える姿勢を、エマソンは「自己信頼」(self-reliance)と呼んだ。
以上が十九世紀後半までのアメリカ文学史概観である。これらを踏まえた上で『夏への扉』を考えてえてみるが、まず引用を見てみよう(引用の強調は全て引用者による)。

[引用1]ここで注意したいのは、ひとつの彼[ベンジャミン・フランクリン]の徹底した「時間」へのこだわりが、人生の初期におけるあやまちは、あたかも誤植のように以後の人生においていくらでも修正可能、という考えようによっては驚くほど反動的な修正主義転じて歴史改変の姿勢を形成したことで、この論理はフランクリンによって創始されたアメリカにおける自伝ジャンルにしっかりと根をおろすことなる。…彼にとって時間が貴重なのは、功成り名をとげさえすれば、若き日の恥辱など晩年になっていくらでも改竄し、美化することさえ出来るからであ[る]。…過去の自分を改竄してしまったら現在の自分は成り立たないが、にもかかわらず現在まで生き抜いてきた自分だからこそ、目下の理想どおりに過去の自分を作り変える権利をもつのである。…むろんこのようなタイム・パラドックスは詐欺師的だ。しかし、振り返ってみれば、詐欺してきな性格を除外してしまったら、そもそもアメリカにおいて「ログハウスからホワイトハウスまで」を信条とする立身出世のヒーローたちは成立しないのではないか。…[フランクリンにとって]極端な話、自伝ジャンルとは時間を遡り歴史に介入することをゆるすタイム・マシンの一種に他ならない。そうしたフランクリン的時間観は以後、マーク・トウェイン…はもちろんのこと、今世紀におけるロバート・A・ハインラインのSF小説『夏への扉』やロバート・ゼメキス監督のハリウッド映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などへ、最も忠実な形で受け継がれていく。(巽『キーワード』73-75)
実は、ハインラインがアメリカ的であると私が出張する所以はこの本のこの個所に大きく拠っている。『夏への扉』はダン・デイビスの一人称過去形で語られている。ということはどこかに物語を語っているナレイターの視点が仮想されており、小説形式によってはその時を特定することが出来ないこともあるのだが、幸いにして『夏への扉』ではダンがいつどのようにこの物語を語っているのかが、それとなく示されている。

[引用2]I asked if he wanted to see the manuscript when I finished. He never answered so I guess he is still sore at me. But I am writing it and I’ll put it in all major libraries even if I have to publish at my own expense. I owe him that much. I owe him much more; I owe him for Ricky. And for Pete. I’m going to title it Unsung Genius. (284)
この個所からわかるのことは、ダンは自伝、あるいは自伝的な本を書いていて、それをトゥイッチェル博士に捧げようとし、『埋もれた天才』と題すると決めていることである。さすがにその本を『夏への扉』とは名づけなかったようだが、ここでナレイターの語りがダンのライティングへと限りなく肉薄する瞬間を見ることが出来る。フランクリン以来の過去改変自伝小説の伝統を、したがって『夏への扉』へと接続することにはなんの障害もない。ハインラインは他のSFでもタイム・パラドックスを使うが(代表的な短編は「時の門」)、そこでも『夏への扉』のように時間は閉ざされている。つまり他の平行世界へ移動したり、父親殺しのパラドックスが生じたりはしない。主人公が過去へ行くことも未来へ行くことも、そして今を生きることも全て決まっている。次の引用は、ダンが心身ともに参っているときに人間の手ではどうにもならない「運命」なるものをうっかり信じてしまいそうになる、というくだりである。

[引用3]I was dead with fatigue, having had less than five hours’ sleep and having averaged not much better for days. The shape I was in, I was willing to believe that there was something, after all, to this “fate” business ? a man could struggle against it but never beat it. (251)
ダンの中に最初から最後まで一貫してあるのは、「未来は過去よりも良い」「人間は頭と手があればなんでもできる」「未来は人間の手によって切り開かれる」といった啓蒙主義的な未来志向に他ならない。

[引用4]But I’m not worried about “paradoxes” or “causing anachronisms” ? if a thirtieth-century engineer does smooth out the bugs and then sets up transfer stations and trade, it will be because the Builder designed the universe that way. He gave us eyes, two hands a brain; anything we do with them can’t be paradox. (289)
もし三〇世紀の人たちがタイム・マシンを作ってもパラドックスなんか起こらない。神は人間に目と手と頭を与えて、それを使ってしたものはどんなものであろうとパラドックスにはなりはしない。こう主張するダンは、啓蒙主義時代の一つの考え方である理神論(=神が創った世界はそれ自体で自律性をもっており、その自律した仕組みを人間は理解することが出来る、という発想)に近い考え方といえる。

[引用5]I’ve found my Door into Summer and I would not time-travel again for fear of getting of at the wrong station. Maybe my son will, but if he does I will urge him to go forward, not back. “Back” is for emergencies; the future is better than the past. Despite the crepehangers, romanticists, and anti-intellectuals, the world steadily better because the human mind, applying itself to environment, makes it better. With hands … with tools … with horse sense and science and engineering.” (290)
『夏への扉』の読後感にエネルギーを感じるのは、おそらくこのような未来志向の強さにあると思われる。しかしよく考えてみると、ダンの行動は矛盾している。二〇〇〇年から一九七〇年に戻り、ジョンとジョニーの協力を求めるときも「会社の名前はアラジンでなければだめだ」「ロサンゼルスに会社を作らなければダメだ」とダンはかたくなに主張する。理由を聞かれても「そうなるからだ」とだけ言う。閉じられた時の輪の中にいることを知り、それを利用しつつも自分の意志は捨てることはない。このパラドキシカルな行動様式は、遡れば例えばピューリタン的な予定説、タイポロジーであったり、フランクリン的な自伝文学であったり、そういったものに起源を求めることは容易であろう。家の扉の一つは必ず夏へと続いている「夏への扉」であること信じているピートのその確かさ、そして物語の最後に夏への扉を探しつづけるピートの確信を正しいと信じるダンのその確かさと、同じくらい確実に未来は約束されているのである。

次にリッキーが何者なのかについて考えてみる。リッキーはマイルズが結婚した相手の連れ子であるので、マイルズとは直接には血はつながっていない。

[引用6]He had married a widow with one daughter, but his wife had died about the time he called back. He lived off post with a family in Albuquerque so as to have a home for his stepchild Frederica. (28)
そして義父のマイルズよりかは「おじさん」ダニーと猫ピートになついているようにも感じられる。

[引用7]My fault. Ricky had been “my girl” since she was a six-year-old at Sandia, with hair ribbons and big solemn dark eyes. I was “going to marry her” when she grew up and we would both take care of Pete. I thought it was a game we were playing and perhaps it was, with little Ricky serious only to the extent that it offered her eventual full custody of our cat. But how can you tell what goes on in a child’s mind. (38)
小さい子にありがちな「大きくなったら結婚するの!」という約束をリッキーはダンとする。ダンにとってこの約束はどこまで本気であったのか。二〇〇〇年に冷凍睡眠から目覚めたダンは自分のするべき最優先事項としてリッキーを捜すことを決め、さまざまな努力をする。それは冷凍睡眠者の孤独ゆえの行動ともとれなくもないが、それ以上の何かを感じるほどの熱意、必死さが感じられるし、二〇〇〇年から七〇年に戻ってきたダニーは本気で次の引用のようなセリフを言う。

[引用8]She would not look up and her voice was so low that I could barely hear her. But I did hear her. “If I do … will you marry me?” My ears roared and the lights flickered. But I answered steadily and much louder than she had spoken. “Yes, Ricky. That’s what I want. That’s why I’m doing this.” … “Not ‘good-by,’ Ricky. Just ‘so-long.’ We’ll be waiting for you.” (275)
リッキーという十一歳の少女をどう捕らえるべきなのか。このためにはアメリカがイギリスという「父」から独立し、自国の文化をもつに至る独立宣言、共和制、アメリカン・ルネッサンスという流れをもう一度見てみる必要があるだろう。

[引用9] 共和制から現代へいたるアメリカ文学において一貫した特徴をなしているのは、一方では影響力絶大なる「親」にこだわりながらも、他方ではあえて権力と絶縁した「子」の境遇を好む姿勢である。…アメリカ文学史上興味深いのは、このように独立革命前後の時代が「父」と「子」の関係をがらりと変質させるとともに、国家の成り立ちを「家族」一般のメタファーによって語る方法論をも初めて確立したことだろう。(巽『キーワード』77、80)
[引用10]一七七六年七月にはジェファソンによる草稿執筆で公布される「独立宣言」が、ペインの影響もあらわに人権と自由と独立の「理念」をうたい、それと同時に、十七世紀以来のインディアン捕囚体験記のレトリックを活用し、あたかもアメリカといういたいけな娘がイギリスという暴力的な男に散々たぶらかされてきたかのように読まれる「物語」を切々と訴えた。…すなわちジェファソンの筆になる「独立宣言」というテクストは、じつのところペインの示した隠喩としてのファミリー・ロマンスをさらにセンチメンタリズムの文脈で発展させた一つの感傷小説として、念入りに仕上げられたのである。(巽『キーワード』85-86)
実際、アメリカはイギリスあるいは大陸の子供であった。今日のアメリカは世界の覇権を握っている超大国というイメージが強いが、経済的な繁栄を迎えるのは第一次大戦後の好景気(しかし一〇年ほどで大恐慌へ突入)、第二次世界大戦後のパックス・アメリカーナ、黄金の五〇年代まではなかった。ましてや国際世界で積極的に活動しようという姿勢を見せるのは「孤立主義」を廃した第二次世界大戦後になるまではなかった。そのような状況の中で、アメリカ的なものを打ち立てる必要を感じた人たちは、アメリカの自然を超絶主義的に感じとり、文学の中へと昇華させたのが、先にも述べたアメリカン・ルネサンスである。次の引用はホイットマンの楽園のアダム像についての言及である。

[引用11]ホイットマンにとって、そうした人間[超絶主義の理念を実践するに最もふさわしい人間]は、何よりイノセントな子供のように純粋無垢な人間でなくてはならないはずであった。なぜなら、外部からのさまざまな誘惑や圧力に屈せずに、自己を信頼し、かつ、全てを受け入れる寛大さと素直な心がなくてはならないからである。そしてホイットマンは超絶主義の理念を体現する人間像に最も近いのは、旧約聖書に登場する堕落以前のアダムではないかと考えるようになった。つまり、理想のアメリカ像として、堕落以前のアダムをモデルにしようとしたのである。(鈴木『実験国家』54)
あるいはアメリカン・ルネッサンスの後期の自然観を描いた、ホーソンやメルヴィルの小説に見られる「アメリカ的イニシエーション」について言及した個所が、次の引用である。

[引用12]純粋無垢なアダムのような人間が、文明社会の堕落した部分の持つ力によって社会の現実に無理やり直面させられ、楽園的世界を喪失し、破滅していくといういわば、社会=大人の世界への悲劇的な入門の物語であるといえる。通常、社会への入門(イニシエーション)には、プラスの意味が与えられるのだが、…ここでは子供のようなイノセンスが礼賛されている一方、そうしたイノセンスを破壊する社会や大人に対して批判の眼が向けられているのである。(鈴木『実験国家』58)
ホイットマン的アメリカ像は楽園のように無時間的であり歴史性から逸脱している一方(つまり閉じた時間の輪である)、そのような無垢を維持しつづけることが新興国アメリカにおいて困難であることを直感的に悟ったメルヴィルやホーソンは無垢な存在が破壊される様を描く。R・W・B・ルイスはこの物語形式をアメリカ的イニシエーションと呼び、この形式が広くアメリカで見られるのは、アメリカそのものが子供であるがゆえに、その純粋向くな理想を維持しつづけたいという願望があるからではないか、と指摘する。
リッキーにアメリカ的無垢を見出すことはできるのではないか。それはつまり、共和制時代に書かれたセンチメンタル・フィクションに登場するイギリスという伝統=大人に蹂躙される無垢な存在としてのアメリカ、ホイットマンが礼賛した堕落前のアダムとしてのイノセンスである。このアメリカ的無垢を、ダンは時間を改変(あるいは全く改変していないということも可能であるが)してまで守り抜こうとする。しかしその果てに得たものは、一人のエンジニアとしての幸福であった。世界を救うことでも、人類の未来のために宇宙船にのってエイリアンを抹殺しに行くのでも、新しい植民地を目指して巨大な宇宙船に乗るのでもなく、火星やガニメデに初期ピューリタンよろしく命がけの入植をするのでもなく(これらは全てハインラインの小説のプロットであることに留意)、個人的な、きわめて個人的な成功であり幸福である。なぜだかそれまでに描かれていたハインラインの約束された未来とは、少し趣を異にしているように感じる。
五〇年代のアメリカは未曾有の豊かさに包まれ、世界がアメリカ的基準に倣いつつある時代であったが、同時に冷戦の時代、核戦争の恐怖の時代でもあった。『夏への扉』には、作中のちょっとした個所で戦争についての言及がある。冷戦のさなかに(終わったのかどうかは不明)「六週間戦争」というものがあり、この戦争では核兵器が使われ、ダンの妹と母親も殺されてしまったことがわかる。小説冒頭のくだりは何度読んでも良い書き方だとは思うが、恐ろしいことをさらっと流しているような気がしないでもない。

[引用13] One winter shortly before the six weeks war my tomcat, Petronius the Arbiter, and I lived in an old farmhouse in Connecticut. I doubt if it is there any longer, as it was near the edge of the blast area of the Manhattan near-miss, and those old frame building burn like tissue paper. (1)
あるいはダンが兵役についていたとき、「退役したらなにをしようか考えながら原子爆弾に原子をつめていた」とダンは言っている。

[引用14]When the Cold War boiled over, I was a sergeant-technician at Sandia Weapons Center in New Mexico, stuffing atoms in atom bombs and planning what I would do when my time was up. (27)
SFは科学の発展と密接な関係を結んでいて、だから原子爆弾という、科学を生み出した人間そのものすら抹殺しかねないところまで科学が達したとき、SFの世界にも大きな影響があった。このことは多くの人によって指摘されている。

[引用15]ガーンズバックやキャンベルのSF観は、未来は絶えず現在を更新してくれる「可能性の時空」であり、テクノロジーはその未来を生み出す魔法の杖とでも言うべき役割を果たすものだった。しかし、第二次世界大戦はテクノロジーが万能の魔法の杖ではないことを明らかにした。さらに、その過程で生み出された核兵器は、未来すら危うい存在に変えてしまったのである。ガーンズバックからキャンベルへと受け継がれ先鋭化されていった楽天的な科学技術至上主義という道筋は、第二次世界大戦から米ソの冷戦という現実的過程のなかで、ついに変更を迫られたのである。

ハインラインもこの例外ではない。確かに『夏への扉』には、明るい未来を夢想し、そこに人間は至ることが出来るという確信にあふれている。しかし先にも見たように、核戦争の影は忍び寄っているし、ダンはハインラインが初期のSFにおいて描いていたものをもっていない。それは「フロンティア」である。

[引用16]ガーンズバック、バロウズ、スミスら先駆者たちの産みだしたヒーローたちの自由奔放さを、それに続く世代が持つことは難しくなっていた。その原因は、ヒーローが成立する条件として必要不可欠なものの喪失、すなわちフロンティアの消失という辞退に見出すことが出来るだろう。…ハインラインは一九三〇年代にデビューして以来、その作品の水準の高さによって一貫してアメリカSF界をリードしてきた作家だが、作品の主人公がほとんどヒーローたる資格を備えているという点でもアメリカSFの正当な後継者といえるのである。しかしハインラインの描くヒーロー像もやはり変遥を被っている。(笠井編『SFとは何か』128-29)
ここでこの著者があげているハインライン作品は『宇宙の孤児』(四一年雑誌掲載)であるのも興味深い。もっとも近い恒星アルファケンタウリを目指して世代間宇宙船を発進させたはいいが、度重なる世代交代と事故によって宇宙船の中には一つの擬似的中世社会が出来があり、恒星を目指すという目的を忘れてしまう。そんななか主人公は宇宙船の外に広がる広大な宇宙=フロンティアを見つけて、ヒーローとなる。この作品は四一年に発表されたのだが、四〇年代始め段階でフロンティアを「再発見」する必要があったのであれば、五七年の『夏への扉』の時には、フロンティアを再発見することすら難しくなっていることは容易に想像がつく。『夏への扉』のヒーローは失われたフロンティアの代わりに、一体何を求めていたのであろうか。 それこそが自己信頼なのではないか、と私は考える。

ダンが出会った人はマイルズとベルを除いて(あるいは場合によってはマイルズすらベルにたぶらかされているといえなくもないので)、実は皆良い人なのである。サンクチュアリでダンを診断してくれた医者、二〇〇〇年に目覚めたばかりにお世話になった判事、あるいは技術屋のチャック、トゥイッチル博士も朴訥だが憎めない学者であり、一九七〇年に戻ってきたときに支えてくれたジョンとジョニー夫妻、リッキーのキャンプにいたスカウトなどなど。物語中、ハインラインは何よりも人間個人に重きを置いていた。それはダンの父がダンをそう名づけた理由として、次のように言っていることからも伺える。

[引用17]My old man named me Daniel Boone Davis, which was his way of declaring for personal liberty and self-reliance. I was born in 1940, a year when everybody was saying that the individual was on the skids and the future belonged to mass man. Dad refused to believe it; naming me was a note of defiance. He died under brainwashing in North Korea, trying to the last to prove his thesis. (27)
四〇年代五〇年代はマスカルチャーの勃興、つまり「大衆」というモンスターが誕生した時期でもある。その中にあってどうやって自己信頼を保つのか。「自己信頼」とはまた超絶主義者エマソンのエッセイ(一八四一)のタイトルでもあることを思い出さなければならない。ダンが会社を作ったときの理念も、いい暮らしや安定した収入が得られることよりも、自分で自分のボスになることをなによりも望んでいた。これは父親の遺志を大切にしている証拠でもあるだろう。
混乱した社会状況(冷戦と核爆弾の恐怖感のもとで誰の目にも明らかだったはずだ)でこそ、何よりも「自己信頼」を大切にし、未来は人間の努力と知性で切り開くことができるのだが、まったく同じ程度に未来は自分の過去でもあり既に決められてしまっているという「閉じられた時間観」の中でそれでも諦めることはするべきではない、と振舞うこと。それが一貫して『夏への扉』に流れる精神である。そしてこれはアメリカがアメリカとして認識されて以来連綿とあの大陸の上を飛び交う想像力を支配してきたものであるはずだ。
ハインラインの「夏への扉」の向こう側にはなにがあるのか。この後、五〇年代末以降ハインラインはそれまで「SFの巨匠」と言われていた姿からは想像できないような作品を連発する。それらを一口できってしまうことは難しいし、やってはならない雑な読みだと思う。例えば「ハインラインは右翼」だ、とか。『宇宙の戦士』は確かにその色彩は強いが、だとしたら『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』のリベラリズムはどのように説明すればよいのか。おそらくハインラインは個別の作品ごとに、「夏への扉」の向こう側=物語の結末を切り替えてはいるが、「夏への扉」を捜し求める努力は、いついかなるときも放棄しないという姿勢を維持しているのではないだろうか。そしてそこにこそハインラインのタフさ加減が見える。

参考・引用文献

Heinlein, Robert A. The Door into Summer. NY: Ballantine Books, 1957.

笠井潔他『SFとは何か』東京:日本放送出版協会、1986年。
鈴木透『実験国家アメリカの履歴書』東京:慶応義塾出版会、2003年。
巽孝之『アメリカ文学史のキーワード』東京:講談社、2000年。
巽孝之『現代SFのレトリック』東京:岩波書店、1992年。
巽孝之編『日本SF論争史』東京:勁草書房、2000年。
別府恵子・渡辺和子編『アメリカ文学史』東京:ミネルヴァ書房、1989年。
福田陸太郎・岩本巌・徳永暢三編『アメリカ文学思潮史』東京:沖積社、1999年。
Hart, James D. The Concise Oxford Companion to American Literature. NY: Oxford Press, 1986.
Slusser, George. “Robert Anson Heinlein, 1907-88.” Science Fiction Studies 15 (1988): 385-86.
---, “Heinlein’s Perpetual Motion Fur Farm.” Science Fiction Studies 9 (1982): 51-67.

 

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