DATA

開催日:2004/5/3
レポーター:斎藤
課題:GINAX『フリクリ』

 

RESUME

「フリクリ」見る前のレジュメ

 

企画・原作:GAINAX(オネアミス、トップをねらえ、ナディア、エヴァなどの所)
原案・監督:鶴巻和哉(エヴァTV版の副監督、エヴァ劇場版の監督、彼氏彼女の事情の絵コンテ、演出)
脚本:榎戸洋司(ウテナの人)
ビジュアルコンセプト・キャラクターデザイン:貞本義行《エヴァの人)
作画監督:平松禎史(エヴァ、彼氏彼女の事情の人)、今石裕之(彼氏彼女の事情の人)
美術監督:小倉宏昌(パト、オネアミス、攻殻、人狼などの美術監督)
音楽:光宗信吉(ラブ&ポップの人、よく知らん)、the pillows
制作:PRODUCTION I.G(パト、攻殻等の所)、GAINAX
キャスト
ナンダバ・ナオ太:水樹洵(劇団21世紀FOX所属、「おジャ魔女どれみ」妖精レレ役)
ハルハラ・ハル子:新谷真弓(演劇ユニット「ナイロン100℃」所属、「彼氏彼女の理由」芝姫つばさ役)
サメジマ・マミ美:笠木泉(元「遊園地再生事業団」所属。舞台俳優)
ナンダバ・カモン:松尾スズキ(劇団「大人計画」座長、役者、演出家、作家として大活躍中)
ナンダバ・シゲクニ:糸博(「太陽の子エステバン」、「遊戯王」「シンプソンズ」などに出演)
ニナモリ・エリ:伊藤実華(舞台を中心に活躍中の子役)
アマラオ:大倉孝二(ナイロン100℃の主要キャスト)
キツルバミ:千葉千恵巳(「おジャ魔女どれみ」「ゲートキーパーズ」などに出演)
情報元:http://www.gainax.co.jp/flcl/

(あらすじ)舞台は地方都市まば疎せ瀬市。「すごいことなんかない、当たり前のことしか起こらない」日常が続いていた。ただ、丘の上に馬鹿でかいメディカル・メカニカ社のプラントが吐き出す煙が少年ナオ太の心に覆いかぶさってくるのであった。いつもと変わらないある日、少年はベスパに乗った女と過激な出会いをする。そしてそのときから彼の世界は急変していく・・・。

よく見てほしい所その1・背景
美術監督:小倉宏昌!と聞いただけで「おおっ」とか思った人はかなりの通です。私もそうですが。なんたって押井の映画(イノセンスには参加してないが)やオネアミスの美術監督ですぜ。
 で、今回の背景ですが、淡色のどこか浮遊感があるというか、実在感が希薄なものとなってます。パトや攻殻の緻密な背景(ただし情報量が多いだけのアップルシードとは「質」が違う)とは逆のものといえるでしょう。これを主題的にとらえるならば、「すごいことなんかない、当たり前のことしか起こらない」日常の中で、生きているという感覚が希薄な主人公の心象を表しているといえるでしょう。また演出面からとらえるならば、ブチ切れたマンガ・アニメ的お遊び満載の演出にそった平面的な、マンガ的な背景といえるでしょう。ただし時折リアルな背景になっているところがあるので要注意。背景を見せたいときには見せているのです。つまり、本作品において背景はただの背景ではなく、主題、演出の表現の重要な要素として捉えられているのです。
 また、これは私見ですが、本作品を主人公の回想ととらえるならば、回想ゆえの淡色と見なせるのではないでしょうか。

よく見てほしい所その2・音楽
 本作品はとにかく音楽と物語のシンクロが完全です。いわゆる普通の作品とは違い、曲の最初から最後まで流し続けるという独特の使い方をしています。これはかなり冒険的なことで、普通の作品では音楽を場面に合わせて切って使うのが一般的です。よく尺に合わせられたなあと感心します。おそらく音楽を先に決めてそれに尺を合わせたのでしょう。やはりここでも音楽を演出の重要な要素としてとらえているのがわかります。最終話の「クライマックスだ!」の後の音楽の使い方は最高です。何度見てもワクワクします。

よく見てほしい所その3・マンガ・アニメ的遊び
 本作品はやたらとハイテンションで遊びまくってます。最近「イノセンス」「攻殻機動隊S.A.C」といったリアル志向のアニメにどっぷりとつかっていた私には最初なかなかなじめませんでした。しかし、慣れるととにかく楽しい。最終話まで見た人はきっともう一度見たくなるでしょう。
 主題的にとらえるならば、この「遊び」はナオ太の日常がハル子の非日常性にぶっ壊されていくのを演出しているといえるでしょう。実際、ハル子がいるシーンで「遊び」は多用され、いないシーンでは「遊び」はあまり使われていません。特に、ナオ太がいてハル子がいないシーンでは「遊び」はほとんどありません。ただしカモン、アマラオはやたらと遊んでます。何故だ。

その他見ているときに注意してほしいものなど
「辛いもの」「すっぱいもの」の持つ意味、ハル子のブレスレット、ギターの種類、カンチの色、ミユミユの色、メカの形

それでは3時間眠らないでみましょう。


「フリクリ」見た後のレジュメ

登場人物たち、用語の私なりの解釈

ナオ太:口癖は「すごいことなんかない、当たり前のことしか起こらない」。優秀な兄の存在に束縛されていた。前半でバットを持っていたのはそのせい。また「すごいことなんかない、当たり前のことしか起こらない」日常を嫌悪しつつそれに自分を埋没させようとしていたが、ハル子との出会いによって日常を能動的に生きようと成長した。マミ美とつきあっていたのは兄を越えようという気持ちと、日常への静かな嫌悪を共有していたこと、彼女には自分しかいないと思っていたことが理由であろう。

ハル子:本名ラハル。広域宇宙警察フラタニティの一員としての立場を利用して、アトムスクを自分のものにしようとして地球に来た。ナオ太への「タっくん」という愛称は「太郎君」と「ターミナルコア」からきていると思われる。

マミ美:趣味はゲームとカメラとタバコ。いじめられている「日常」を静かに嫌悪し、それに復讐しようと思っていた。ファイアスターターというゲームの愛好、放火への志向、恐怖の大王を呼ぶこと、しかえしにタッくん(ターミナルコア)を利用したことなどはこの心情からきていると思われる。ナオ太とつきあっていたのは「タスク先輩」への片思いのはけ口(「タっくん」はナオ太のタではなくタスクのタであろう)と前述の日常への嫌悪の共有が理由と思われる。ナオ太の成長とともに、タスクへの想いをふっきり、また日常を能動的に変えようと成長した。最後にナオ太を「タッくん」ではなく「ナオ太君」と呼んだことからもこのことがわかる。

カンチ:メディカル・メカニカによって作られ、アトムスクが中に閉じ込められていた。赤くなるときはアトムスクの力が発動しているとき。ターミナルコアの一部分でもあった。

N.O(エヌ、オー):右脳と左脳のうんたらかんたらを利用してアレしてコレして物質を転送したりする装置、あるいは能力と思われる。このチャンネルを開く鍵がハル子のギターである。

メディカル・メカニカ:アイロン型プラントでわけもなく星々をまっ平らにしてる勢力。カンチの中のアトムスクを倒そうとしてメカを送り込んだと思われる。

アトムスク:星々を盗み取れるほどのN.Oの持ち主。またの名を海賊王。メディカル・メカニカによってカンチの中に閉じ込められていた。

ニナモリ:成金市長の娘。口癖は「たいしたことありませんから」。伊達めがねをつけているときが本当の彼女の姿と思われる。メガネっ子がメガネをとると本心が出るという定型の逆ね。

カモン:こんな親父いやだ。元サブカル雑誌の副編集長。

アマラオ:特務入国管理官。メディカル・メカニカとなんとか穏便にすませよう、ハル子の暴走を止めようとしていた。大の甘党。眉毛は味のりをくっつけたように見えて、実はN.Oのチャンネルを閉める機能を持っていたと思われる。個人的には千葉繁にやってほしかったが、舞台役者中心にキャストをそろえようという意図があったみたいだからしょうがないか。

ギター:本作品に出てくるギターは三つ。ハル子のギター、ナオ太の頭から出てきたギター、アトムスクのギター(五話でカンチがだしたやつ)。最後のナオ太とハル子の戦いでナオ太が持ってたのはナオ太のとアトムスクの。ハル子がもっていったのはナオ太のとアトムスクのが合体したもの。置いていったのはハル子の。

ハル子のブレスレット:アトムスクが出てくると反応する。カンチが赤くなったときに動いてたでしょ。アトムスクの正体の頭にも同じものがある。

ミウミウ:配色がドラえもんと同じ。

メカの形:第3話のメカ除いてみんな手をモチーフとしている。

辛いもの、すっぱいもの:ハル子の象徴。大人の象徴。ハル子が初登場したときに食べてたのは激辛カレーパン。マミ美が飲んでたのはレモンスカッシュ。

総論:非対称の愛を貫け!

この作品を一言で述べるとしたら、それはBoy meets girlであろう。いや本当、ナオ太が「好き」というシーンは何回見ても良いです。
 いわゆる「押しかけ女房」ものの変種なんですが、ハル子はあくまで自分のため、アトムスクを自分のものにするために地球にきたわけです。ナオ太をもて遊んだのも、きっと「面白いから」であり、またナオ太を選んだのは強いN.Oでアトムスクをものにするため、つまりナオ太を利用するためだったわけです。最終話でナオ太がハル子に抱きついたときハル子はしらっとした表情だったでしょ。
 あまり私は昨今の美少女ものには詳しくないのですが、いわゆる「押しかけ女房もの」(「うる星やつら」あたりから始まるのかなあ)というのは女房が主人公のことを好きなのが定型といっていいでしょう。メイドものなんてのはその最たるもので、とにかく好きになってくれる。だから主人公が押しかけ女房のことを好きならば愛は対称形、簡単に言えば相思相愛になるわけです。
 しかし本作ではハル子はナオ太のことを好きなわけではない。あくまで利用しようとしている。ベスパで轢き、ギターでぶっ叩き、しまいにゃ激怒してぶっ殺そうと襲いかかってくる。しかしナオ太はそのハル子に「好き」と言った。この愛の形(ぐわー恥ずかしい言葉)は非対称なのです。
 ここで思い出してほしいのが、エヴァンゲリオンのシンジ君。劇場版で彼は「誰か僕を好きになってくれよ!」と叫ぶわけですが、これはナオ太と完全に逆なわけです。シンジは自分を好きになってくれたら自分も好きになると言っているのに対し、ナオ太は自分を好きでなくてもいいから自分は好きであると告白する。シンジが対称形の愛を求めるのに対し、ナオ太は非対称の愛を吐露しようとする。どっちがより偉いというか強いというか真実であるというか誠実であるというか、まあとにかくどっちが「愛」であるかといったら、ナオ太だと私は思うのですね。そしてシンジは限りなく自閉していくのに対し、ナオ太は世界に自分を開放する。つまり「愛」とは「世界への愛」につながるのです。本作品はポスト・エヴァンゲリオンの最良の形といって良いでしょう。
 ここで想起されるのが、押しかけ女房ものやらメイドものやら恋愛シミュレーションやらに没頭する「蔑視されるオタク像の体現者」たちです。彼らは作られた対称形の愛の中から出ようとはしない。そして世界からは自閉していく。ここで彼らに言いたい。非対称の愛に生きよ、と。ふられようとどうなろうと、その瞬間に世界は自分と接触するのだ。

 さて、皆さんと話したいのは
・ 昨今の「セカイ系」というのは私は「最終兵器彼女」しか触れたことがないのだが、それと本作品との位置づけはどうなの?
・ マミ美の「あふれちゃう」ってなんのことなの?
・ その他演出で何か気づいたことある?パロディネタとか。
・ ギターでぶっ叩かれたくなった?
・ 題名の由来は何なんだー!?
などなど。
 私はこの作品にぞっこんですよ。ギターでぶっ叩かれたいですよ。ちなみにハル子は海外で好かれる女性キャラベスト6、ナオ太は56位(理由:ほんとに被害者だなあ)です。http://www.tekipaki.jp/~moonlight/misc/suki_kirai2.htmlより。


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