DATA

開催日:2003/6/12
レポーター:松永
課題:フィリップ・K・ディック「パーキーパットの日々」

RESUME

概要
火星人との戦いに敗れ荒野と化した地球。わずかに生き残った人類は、地上の放射線を避け、地下の穴倉で暮らしていた。時折、火星人が空から落としてくる援助物資で彼らは生き、余った物資を使って、有り余る時間を「パーキーパット」に費やしていた。

パーキーパット
バービー人形の人生ゲームみたいなの。ただ、それは遊びではなく、一種の神性行為と考えられる。

大人がパーキーパットに入れ込む理由
人形遊びで演じている役割は、核戦争前の日々。芝刈り機を買ったり、精神科医にかかったり。それは、栄光の日々を夢見る、郷愁。彼らは今を生きていない。1900年代後半を演じているに過ぎない。

子供たちの態度
何故に自分たちの親はあれほど人形遊びに入れ込んでいるかわからず、たまに地上に出ては狩などして楽しんでいる。彼らには共有すべき過去がない。そのため、「パーキー・パット」をタイムトラベルの道具とは見れないのだ。

ストーリー
他文化との「パーキーパット」に挑んだ夫婦がいた。勝利した彼らは相手側の人形を得た。しかし、その人形は妊娠していた。そして、その穢れを容認できない穴倉の仲間から、群れを追い出され、放浪の旅に出た。

旅立ち
シャイン夫妻はパーキー・パットが妊娠することを何とか認めることができた。彼らはそれを成長ととらえることで、当てのない旅路にわずかでも希望を見ようとしている。一方、夫妻の子供ティモシーはそういった考えには興味がなく、ただ旅の中にある機会を楽しみにしている。

まとめ
前半から示される、戦争前の文化を知っている大人と戦争後に産まれた子供たちの、決して相容れない価値観を、最後まで処理せず、あえて冷淡に残しているとこに味があり、まさに「ディック!」と言えるのでしょうか。

COMMENTS

みなさんのディックらしい、というコメントはどうかと思います。

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