DATA

開催日:2003/5/15
レポーター:大澤大先生
課題:筒井康隆「家族八景」

CRITICISM

筒井康隆について
 筒井康隆について、皆さんどんなイメージをお持ちだろうか。最近ではTVドラマで役者などやっているので、もしかしたらそのイメージがあるかもしれないが、本来彼は、小松左京、星新一と並ぶ、日本SF三大御家の一人である。
とはいうものの、『日本沈没』『果てし無き流れの中に』など、いわゆる長編ハードSFを中心に書き、SFの本道を行った「日本のクラーク」小松左京と違い、星と筒井は、それぞれ独特な作品を書きながら、SF作品自体の枠を広げて行った作家である。
その中でも、星新一はショートショートと呼ばれる一連の作品群で自らの小宇宙を築いていった作家であるのに対し、筒井康隆はSFで培った手法を使い、後に文学の世界に様々な実験小説を広げて行った「戦う作家」であった。
筒井の初期作品はSF、ドタバタなどが合わさった、奇妙で軽妙な短篇が多かった。彼はその後、そのようなスラップスティック小説を書き進めると同時に、SFで使われる「非日常的な設定」を作品に使用して、『虚構船団』『虚人たち』『残像に口紅を』『朝のガスパール』などの、小説自体・言語自体の実験を行う実験小説を書いて行った。七二年に書かれた本書『家族八景』と続編『七瀬ふたたび』は、筒井がまさに、そういった実験的SF小説へと脱皮していった、最初の段階の小説であり、特に七瀬三部作は、SF的な面白さ、冒険小説的な面白さ、実験的な面白さが揃った作品となっている。

『家族八景』について
 本書は、七瀬という「人の心が読めるお手伝い」を通して、様々な家族の表面と内面の落差が書かれた作品である。心が読めるテレパスについて書かれた小説はそれまでにもあったが、この作品の特異な点は、解説にもあるが、今までの小説のように文章中にさりげなく内面描写を入れるのではなく、文中に突然「()」で挟んで人物の心の動きを書くというダイレクトな方法を選んだことにある。これによって登場人物の発言と内面の落差が明確になり、読者により一層の衝撃を与えるように作られている。特に、「{}」で囲って主人公の思考を並列に表したり、続編のように字体を変えたり、大きさを変えたりして心情を表現する例はこのころ殆んど無く、筒井が創始者と言っても過言ではない、だろう。
 他、超能力をテーマにするのは、SFでは珍しいことではなかったが、それを場違いな「中間小説」「家庭小説」に持ち込んだのも筒井が初めてだろうと思う。まさに「戦う作家」である筒井の面目躍如である。超能力の表現も「掛け金を外す」「掛け金を降ろす」など非常に日本的な、独特の表現で表されており、近年の恩田陸や宮部みゆきの小説に影響をおよぼしている、ような気がする。

七瀬
この作品のもう一つの特徴だったのは、本来狂言回し的な役割を持った「火田七瀬」がSFファンの一種「アイドル」的な役割を背負った事である。本書が出版された七〇年代は、『スター・ウォーズ』などの上映開始で、まさにSFファンが一気に広がった年である。七瀬は、そういった時代に、コアなSFファンの中心的なシンボルとして持てはやされたようである。続編『七瀬ふたたび』では、七瀬は色々な超能力者達と出会いながら、超能力者を絶滅させようと企む謎の組織と戦う。こちらでもいろいろ実験的な表現が出て来るが、全体としてはアクション風味のSF作品となっている。
筒井自体は、そういう七瀬のアイドル化に耐えられず、最終巻『オイディプスの恋人』でシリーズ自体を無理矢理完結させた。しかしながら、七瀬は、数ある筒井のSF小説の中でも珍しく、殆んど唯一の萌えキャラになっていると思われる。

余談
なんだかこの小説、今読むと、老いについて書かれたシーンが多く目立つな…。人間にとって老いは常に心の大部分を占めるテーマだということなのか。それとも筒井が何か気にしていたのか…

感想
 この作品で読書会やるのは実は二度目ですね。同じ作品を繰り返すのはどうかと思いましたが、他に適切なのがなかったのと、個人的に筒井作品の中でも好きなもの、ということでやりました。他の超能力作品も含めて、結構盛り上がったような気がします。七瀬は萌えキャラではない、ということでは全員意見の一致を見たことを覚えています。



[トップを表示する]