開催日:2002/11/1
レポーター:大澤
課題:チャールズ・ハワード・ヒントン「平面世界」(『科学的ロマンス集』)
RESUME
〜この世はマリオ的かゼルダ的か〜
・前置き
最近のSF研の読書会は、古典ばかりだという話がありますが、これもその例にもれず古典であります。2次元世界に住む生物がどんな暮らし方をするか書いた本で、同じイギリス人の牧師アボットが書いた『平面国:Flatland』を元にしています。本当はこちらをやりたかったんですが、なにしろ一冊の本になるので、今回は見合わせました。もし時間があったらこちらも読んでみてください。
・『平面国』あらすじ
で、この『平面世界』ですが、それに入る前に、まずアボットの『平面国』の簡単なあらすじを示しておきます。
『平面国』の主人公は弁護士(知識階級)の正方形(スクエア)です。彼は我々のような三次元空間ではなく、それより一次元低い二次元空間の住民です。彼の住む世界では、様々な多角形が暮らしており、多角形の角が増えるにつれて、位が上がります。この本の第一章では、そうした平面世界の暮らしや歴史が語られ、第二章では主人公スクエア氏と一次元空間の『王』、三次元の『球』などとの出会いが語られます。
この話では数学的アナロジーによってもたらされる奇想天外な描写と同時に、アボット一流の様々な皮肉 (当時の社会に対するもの)が含まれていて、かなり面白く仕上っています。
ここで書かれる平面国は、ちょうど我々が暮らしている光景を上から見たさまに似ています(ただし厚みはない)。大きな紙に、三角形や五角形や、その他様々な形を書いて動かした様を思い浮かべれば良いでしょう。まさにこれが、『ゼルダ的(ファミコンの/上からのビュー)』な世界観です。
・『平面世界』あらすじ
では、次に平面世界について。
C.H.ヒントンはアボットの『平面国』に敬意を表しているのですが、同時に、彼のアナロジーに一つ欠陥がある事を指摘しています。それは、彼の世界では、高さ/重力が無いのにもかかわらず、皆が上下の区別を持っていることです。ヒントンはこの世界観が二次元生物を表すのに不適切であることを説き、彼なりの二次元世界をつくり出して生きます。
彼の世界には質量に伴う重力があります(それらは我々の住む三次元宇宙と違い、一つの次元方向にしか広がりませんが)。そして彼の世界の住民はすべて星の中央に向かって引き付けられています。彼の世界では二人の人物がすれ違うのには大変な苦労を伴いますし、家に柱などを建てることもできません。なぜなら、空中にものを浮かせることが不可能だからです。これが『マリオ的(ファミコンの/横からのビュー)』な世界観です
・で、何が言いたいの?
アボットやヒントンの世界観が次元のイメージを分かりやすく伝えていること、両者が唱え始めた『四次元』の概念が後のSFの重要な『ガジェット』になったこと(特にヒントンは、四次元で一つ論説を唱えるくらいにハマっていたそうです)、こういった小説がなんでイギリスで誕生したか、マリオとゼルダどっちが偉いのか、とかなんでもええんで思うところを語ってください。
ちなみに、最近(でもねえけど)こーいう数学を駆使して滅茶苦茶なSF書く人と言えば、ルーディ・ラッカーなんて人がいますが、彼はどうなんでしょうねぇ。
・捕捉:著者について
C.H.ヒントン氏はかなり奇怪な人物であったようです。数学者にして心霊学者(四次元と霊の関係とか)、日本で教師もやったことがあるとかピッチャーボールマシンの発明者とか…最後は発狂して自殺したという話ですが…。
科学的エッセイ集には他に、ペルシャの王の話とかも入っているんですが、これも快楽と苦痛をコントロールして社会を動かすという「おまえはエピクロスかスキナーか!」みたいな変な話です。
アボット氏についてもあまり良く分かっていません。牧師だという話は聞くんですがね。ともあれ、二人ともイギリス人ですな。
・ところで
誰かボルヘスやりませんか?
COMMENTS
C.H.ヒントンのエッセイの書き方は難解で、少々意味のとりづらいものであったため、読書会には向かなかったかもしれない(平面国の方が、テーマをはっきりできた気もする)が、いろいろな意見が聞けて面白かった。
二次元世界というビジョン自体は面白がってもらえたと思うので、良かった。科学というものの生み出す突拍子もないイメージは、文学の創作力を上回る事もあるという一例でもある、と思う。
彼の作品はプロジェクト・グーテンベルグ()の方で詳しく見ることが出来る。この中にある「平面世界のエピソード」は、「平面世界」の設定を利用した小説となっているので、是非御覧になることをお勧めする。