DATA

開催日:2002/6/7
レポーター:阿部
課題:フィリップ・K・ディック「時間飛行士へのささやかな贈り物」(早川文庫『時間飛行士へのささやかな贈り物』)

RESUME

○あらすじ
主人公アディスン・ダグ(以下A.D)は疲れながらも愛人であるメリールゥの家へ歩いていた。そのころ別の時間飛行士ベンズとクレインもその家を目指していた。そこで彼らは自分たちに起こったことを、そしてこれからどうするか議論しようとしていたのだ。 その議論(といっても事実の確認とベンズの愚痴だったのだが)の最中A.Dは『「誰にもどうすることもできないんだよ」アディスンはメリールゥにいって、彼女を抱き寄せた。なにか既視感(デジャ・ビュー)のような感じだったが、そこではたとさとった。――おれたちは閉じた時間の輪の中にいるんだ。』と自分の置かれている立場を理解した。
その後政治的配慮から自分たちの国葬に参加することになる。ここでの政治的配慮とは初の時間飛行が失敗だったとばれると予算がおりなくなってしまうことと、ロシアに失態をさらすことを防ぐことである。
その国葬でA.Dは「このすべては前にも起こっている」ことを演説した、自分を助けてほしいと。この演説によりA.Dは自分のことを自分で決定する権利を得た。
A.Dは25Kg以上のもの(ここでは、フォルクスワーゲンの青さびたエンジン)を持ち帰ることにより内破(発射時にオープン・エリアを占めていた質量との差を補償しきれなくておこる)を起こし3人とも死ぬことを選んだ。

○ポイント
・閉じた時間の中にいる人が自分が閉じた時間の中にいると気づけるのか?
時間がもどるのに記憶や体力がもどらないとしたら閉じていることになるのだろうか?
→「閉じた時間の輪が成立したという具体的な証拠はどこにもない」トード将軍がいった。「あるのはただダグ君の主観的な疲労感だけだ。自分はこのすべてを何度も繰り返しているという、彼の信念だけだ。――」

・題名に「時間飛行士・・・」とあるわりに時間飛行に対しての科学的説明があまりに少なすぎる。
→"ふたつの物体が同時に同じ場所を占めることはできないという法則"のみ、しかしこれは事故を起こすための法則で時間を移動するための法則ではない。 あと、ETA(船外活動時間)があるが、それについての説明は特にない。

・最後の部分の『おれと同じくらいに疲れている、とアディスン・ダグはおもった。そして、それを知ったことで気が軽くなった。それは俺が正しかったという証拠だ。』以降の文章は、私がこの時間を繰り返させてあげようと、いままでのA.Dとは明らかに違う立場で考えている。巻末の追想にあるように、ただ栄光の時にとどまろうとしているだけなのだろうか?

COMMENTS

終わりの部分の(P359,L7)『ダラスの街路をゆっくりと進んでゆく車の列、そしてキング牧師のそれ……。』がアメリカの衰退の象徴として書かれている、との意見があった。なるほど、と思ったが終わりの部分は無理やり最後のせりふ『これが俺の贈り物だ――』につなげようとあせった感じの文体になっておりそれほど深く考える必要はないと思うが気になるのでチェック。
キング牧師といえばあの演説「私には夢がある。いつの日にか、ジョージアの赤土の丘の上で…」が有名で特に「I HAVE A DREAM!」があまりにも有名すぎて演説の最後が忘れられがちですが、このように締めくくられています。『「自由だ、ついに自由だ、全知全能の神よ、感謝します。ついに我々は自由になったのだ」と。』 キング牧師はこの4年後の1968年4月4日メンフィスで暗殺されました。ケネディー大統領はダラス通りで暗殺されています。ともに絶頂にいて暗殺によって死んでいます。アディスン・ダグは時間飛行士になって時間飛行に行くとき(絶頂)に自ら死を、しかも周りを巻き込んで強引に選ぶわけです。その過去の英雄の生き様を無理やりなぞろうとする行為に私は恐怖よりも悲しさを感じます。

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